HEAD
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 臨也の部屋の玄関から出て、静雄は足早に新宿の街を歩く。慣れ親しんだ池袋とは空気までも違うようで、有り体にいえば気恥ずかしい。そんなはずはないのに道行く人の全てが静雄の身にたった今起こったことを知っているような気がした。
 外からどう見えているかともかく、昨日までの自分とは決定的に異なっていることは誰よりも己が知っていた。しかも来週の今日は、約束をして臨也と会うのだ、信じられない。彼と静雄が二人で会って喧嘩以外の何かをするなど想像もできなかった。
 と、ポケットの中で携帯が鳴り出し、静雄は大きく肩を跳ねさせ足を止める。
 無駄にドキドキしながら携帯を取り出し、道の端に寄った。他人の住宅のブロック塀に背凭れ、電話を取る。
 どこかほっとした様子のトムの声にどうしようもなく安堵して、そして同時に少しだけがっかりした。
「あー…いや、大丈夫っす。すみません、心配かけちまって…俺、昨日はそんなに飲んでましたか?」
 どうやら昨夜の静雄はそんなに深酒した訳でもないのに早々に悪酔いし、臨也を殺しに行くとパルクールを使って夜の街に消えていったらしい。まるで思い出せはせずとも、普段の自分の挙動を鑑みて違和感はなかった。
 きっと、漸く辿り着いた奴の巣のベッドについ倒れ込み、心地良さのあまり眠ってしまったのだろう。何しろ、静雄の部屋の煎餅布団など比較できぬ柔らかさだった。
 明日また職場で会おうと言葉を交わし、通話を切る。陽光に照らされた街並みが何故かくすぐったくて、足早に池袋に戻った。


2019.4.22.永


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