HEAD
8(R15)
 化物のくせに人間であろうとするなんて、相当に夢見がちでなければ願うことすらできない。よくある喩えを上げるなら、いつか迎えに来る白馬の王子様を信じてこの現代日本で暮らしているようなものだ。そんな幻想、幼稚園児ならともかく二十歳を過ぎても抱えているなら痛々しいの一語に尽きる。平和島静雄はだから極度にロマンチストでナイーブな面を持っていると思っていた。だからこそ、臨也の言葉は彼の琴線にかからないと確信していた。それでも、その表現の酷さにも拘わらず脊髄反射で切り捨てなかった静雄は、つまりそれだけ臨也を愛しているのだろう。
 壁の一面に大穴が開き、風通しの良すぎる寝室で臨也は一人ごろごろする。
 波江は今日は来ない。静雄はたった今帰った。
 こんな日に仕事をする気になれるはずもなかった。どうせ大きな仕事を終えたばかりで、急ぎの案件もない。そこへ静雄という非日常が文字通り乱入し、しかもそんな男と今まで有り得なかったラインを越えてしまったのだから、もはや何をする気にもなれなかった。
 勿論、臨也を恨む者が数多いる現状で、いつまでも風通しの良すぎる部屋に住み続けるわけにはいかない。早急に隠れ家を移転して、穴を修理するなりこの部屋を諦めるなりする必要があることはわかっていた。
 それでも、少しだけ…と誰に弁明するでなく呟いて目を閉じる。
 やり遂げた仕事の後に、セックス。こんなに健康的に発散してしまったらどうしたって眠くなる。しかも相手があの平和島静雄であるのだから、その満足感も一入だった。付き合うの付き合わないのの話はまとまらなかったが、彼の合意の元連絡先を所持し、そして彼の次の休みの約束まで取り付けた。せっかく手をかけたものを、そうあっさりと手放しては面白くない。恨みつらみと共に積み重なった好意だって確かに存在した。そしてそれはきっと、静雄も持っていたはずだ。
 とろとろと微睡んだときに見た夢は、とても優しい気配がして、久しぶりに熟睡できた気すらした。


2019.4.20.永


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