HEAD
プロローグ
 いちいち不安を訴えたり、束縛されたりするのは面倒くさい。けれど、それが全くないと逆に臨也が不安になるなど、面倒なのは自分の方だと思う。
 そこで、戦争のような喧嘩こそ未だあるものの、互いの関係性に波風立つことも滅多になくなった交際三年目の平穏なある日、臨也はホットミルクを啜りながら弟の記事を読む静雄に言ったのだ。
「ねえ、俺が浮気したらどうする?」
「は?」
 流石に驚いたらしく、弟に関係する情報に触れている間は生返事が常の静雄が目を見開いて臨也を見やる。間髪入れず、同じ言葉を繰り返した。
「俺が浮気したらどうする?」
「な…んだよ、いきなり」
 はじめは驚きしかなかった静雄に、徐々に疑念が混ざっていく。
 彼なりに想像してくれたらしく、額に青筋まで浮かんだ。
「許さねえ」
 ややあって確かな殺気まで向けられ、二重の意味でぞくぞくした。
「どうする? 俺を殺しちゃう?」
「手前と、相手と──両方纏めてぶっ殺してやる」
「君に殺人なんてできるかなあ」
 口を噤んだ静雄からは、下手に言い返すより余程本気が伝わってくる。なんだかんだいって手加減の出来る静雄のリミッターが完膚なきまでに壊れるのだろう、原因は臨也の行為で。想像しただけですら震え、大事な弟の写真ごと週刊誌を握り潰した拳が堪らない。
 臨也はソファをけたて立ち上がった静雄の胸元に片手をあてがい、にやにやと怒気孕む瞳を賞翫した。
「よーく考えてごらん、シズちゃん。俺が浮気なんかすると思う?」
 怒りからか、いつもより速かった鼓動が徐々に落ち着いてくるのが掌にありありと感じられる。
 だが、静雄は低く唸った。
「──思う」
 今まで、考えたこともなかったくせに。
「絶対なんてことは有り得ないからねえ」
 また鼓動が速まってきた。臨也の一言一言に振り回されてくれる静雄に、愛しさに似たものが込み上げる。
「でも、俺は君が俺のものになってくれたときに決めたんだ。俺は生涯君以外に心を移しはしないでおこうってね」
「──嘘くせえ」
 ほんのり頬を染めていては憎まれ口にも迫力がない。こんなに素直な反応をされると、不覚にも臨也も胸が高鳴る。
 鼓動に触れた手を少しく乱暴に掴まれた。
 臨也は爪先立って静雄の頬に唇を触れさせる。唇の狭間から覗かせた舌先で軽く舐めると、静雄の顔ごと背け避けられた。それを追い掛ける代わりに紅く染まった耳朶へ淡く歯を立てる。
「だから、ね…君にもしないでほしいんだ」
「は?」
 弾かれたように臨也を捉えた瞳はまん丸に見開かれていて、笑いが浮かんだ。釣られたように静雄も口角を持ち上げた。
「馬鹿か、俺が浮気なんてするわけねえだろうが」
 静雄はそれほど器用ではないだろうと、確信を保ちながらも臨也は彼の頬を両手で包む。
「そう? わからないだろう」
「手前じゃあるまいし」
「うん、だったらさ…納得させてよ、俺が確信できるようにさ」
 静雄の頬が一瞬強張り、すぐに瞳が凪ぐ。
「手前が俺を信用させられるならな」
 ようやく自らの手が引き起こした弟の記事の惨状に気付き愕然とする静雄の手から週刊誌を取り上げ、唇を重ねる。衝撃覚めやらぬらしい彼はそれでもそっと睫を伏せ口付けに応えてきた。
「──ベッド、行こうか」
「…ああ」


2016.1.28.永


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