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プロローグ
 子供の頃から、別段サンタを信じていたわけでもない。いい子にしていたら本当に欲しいものをくれるという噂のオッサン──そいつが静雄の元に来てくれたことはついぞなかったのだから。
 まあ、いい子でもなかったのだとは思う。酷いときは毎日のように舞い込む長男の壊したものの弁償請求は、極普通の中流階級でしかなかった静雄の親の家計を圧迫するなんて可愛いレベルではなかったし。サンタを出す経済的余裕のなかったのであろう両親への同情もさることながら、そんな親不孝な子供がいい子であるならば世界は非の打ち所のない優等生で溢れている。
 ──そんな、サンタに。二十歳も過ぎてから遭遇するだなんて夢にも思わなかった。
 今日も今日とて取り立てに精を出し、必要以上に苛立って帰宅した狭いアパートに、なんと電気がついていた。訝しみながらも中へ入る。
 と。
 畳に、サンタクロースが正座していた。
「なんだ?」
 巷で見かけるサンタのコスプレをした男は、腹立たしいくらいに折原臨也に似ていた、それはもう体臭までもそっくりだった。
「メリークリスマス、シズちゃん!」
 しかも彼は、その呼称も声も彼そのものだった。
「なんの用だ」
 これだけ符合が揃い、かつ静雄とサンタクロースが今まで無縁であったことも鑑みて、これがあの仇敵であると判断しないはずがない。だが、悪びれずにやにや笑う臨也に、静雄は低く唸るのみの不快表現に留めた。
「サンタクロースっていると思う?」
 そしてまた、静雄を騙す気もなかったらしい、あっさりと吐かれたメタ発言に静雄は一瞬躊躇い、すぐに首を左右に振る。
「いや、いねえだろ、そんなもん」
「今、目の前にいるのに?」
「手前は臨也だろうが」
 こんなに、和やかとまでは言えずとも普通の会話を交わしているのが臨也と静雄だと知ったら、自分達を知る者は目を剥くだろう。
「シズちゃんってさあ、もういいトシしたオッサンだよねえ」
 静雄は、何故自分がこんな男に初恋を捧げてしまったのか未だに時々わからなくなる。
「俺より手前の方がオッサンだろ」
「嫌だなあ、俺は永遠の21歳だよ? っていうか、上がったら?」
 座布団の一枚もない部屋の僅かばかりの畳へ踏み込み、静雄は臨也からやや距離をおいて腰をおろす。無造作に蝶ネクタイを引き抜いた。
「サンタってさあ、子供のところにしか来てくれないだろう?」
「──そう言うな」
 今日も電柱を引き抜いた。ドアも数枚叩き割った。一風呂浴びたいが、彼の前でそんなことをするのは何かを期待しているようで嫌だ。
「でも大人だって、クリスマスくらい子供に帰りたくなるものじゃないか。いや、むしろ大人だからこそ、かな」
「そうかもな」
 観察眼に長けた臨也のことだ、静雄がおざなりに返事をしていることなど気付いているに違いない。
 唐突に身を乗り出した臨也が静雄の頬を両手で挟み顔を寄せた。至近距離に迫った彼は腹立たしいくらいに綺麗で、紅い瞳に映った自分の姿に瞬間、確かな動揺が走って静雄は眉根を寄せる。
「──なんだよ」
「だから、今日は俺が君のサンタだ」
「あ?」
「君の願いを叶えてあげようと言ってるのさ!」


2015.1.28.永


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