HEAD
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 池袋や新宿ではすっかり有名な静雄と臨也の喧嘩も、テリトリー外では人々をパニックに陥れる。しかも、子供達を止めようとしたとはいえ、普段の二人だけの喧嘩の倍以上の破壊力を有しているのだから尚更だ。駆け付けた警察官が唖然と立ち竦むのに逸早く気付いた静雄はサイケの二の腕を引っ攫み踵を返す。臨也ほど技術的に長けてはおらずともパルクール擬きは身に付けているらしい彼は、パトカーと正反対へぐいぐい引っ張る静雄になんとかついてきた。
 ビルの屋根から屋根へ飛び移り、いつしか池袋まで戻ってきてしまって足を止める。
 似てはいても臨也のようにはいかぬ息子は、肩で息をしながらも周囲を見渡した。
 そうして、
「うわあ…綺麗だね」
眼下に犇めく昼時の人混みを見下ろし、太陽光を浴びて幸せそうに笑った。
「っ…あ、ああ」
 同じ作りに見える臨也にはきっと浮かべられぬ表情から視線を逸らし、静雄は自分の街に瞳を向ける。
 人混みも、公園も、来良学園も、みんなみんな、臨也と静雄の戦いの傍らにいつもあって、そんな大切なものをずっと傷つけてきたのだと思っていた。
 静雄の胸の内に蟠る思いになにもかも気付いたように、サイケは初めて外見に似合う大人びた笑みを頬に掃いた。
「サイケとデリックは、‘ここ’なんだよ」
 説明の少ないシンプルな音は、すとんと静雄の胸の内に響いた。理解などできずとも深く納得して頷く。直後、サイケの体が色褪せても動揺せぬくらいの合点だった。
「──行くのか」
 零れた音は、不自然なほどの落ち着きを保っていた。
 サイケは半透明になった手を静雄へ差し出し、袖口をぎゅっと掴んだ。
「サイケ達はいつも、傍にいるから。今までも、これからも」
「見えなくなっちまうだけか」
「うん──だけど、サイケ達を、覚えていて」
 静雄はそっと薄れていく彼の手に手を重ねる。触れた温もりは確かにあるのに、指先は何も掴めぬままバーテン服の袖に重なった。
 静雄は息子のピンクの瞳を見据え、そっと頷く。
「子供を忘れる親なんざ、いるはずがねえよ」
 サイケの眩しい笑顔が、宙に溶けた。


2014.4.20.永


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