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ワールドエンド(ダーク)
今晩、彗星が地球に衝突する。
専門家が如何に計算してもその結論しか出ず、現在可能な限りの科学技術を駆使しても人類の生き延びる道はなかった。
宇宙ステーションは地球からの物資の供給なしには成り立たない。
かつて生命の痕跡が騒がれたこともある火星は、現在人間が住むに足る大気もない。宇宙服なしでは出歩けもしない。
移住できる可能性のある星など未だ見つかっていない。
地球と運命を共にしたときの生存確率は1%未満。
臨也は死ぬ気など更々なかったが、産まれ育った星の丘に立ち、愛すべき人間の大半が故郷に帰った街を見下ろした。
「──シズちゃん」
ややあって振り向くと、相も変わらずバーテン服の男が夕焼け空を見上げていた。
彼は、望洋とオレンジ色に包まれる。
「どこかへ行かない?」
「どこへ」
「まだ、あと──三時間はあるから。田舎でも、何処でも。君の好きなところへ」
何処へ行こうとこの地球にへばりついている限り、三時間後の彗星から逃れる術はない。
「行こうよ。車は出すからさ」
無人の料金所を突破して、ガラガラの首都高を逆走する。
と、こんな星でもまだ白バイが追い掛けてきた。
「まだ残っていたんですか」
スピードは緩めぬまま臨也が窓を開けると、いつもセルティに血相変えさせ追い回していた葛原は、にやりと口の端を吊り上げた。
「最期まで交通ルールを守らせてやろうってな」
「勘弁してくださいよ、どうせ、あと数時間でしょう」
セルティに恐怖を植え付けた男も今は仲間もおらず、力尽くで車を停めさせる気配もない。
「今回の彗星衝突で、地球が砕け散る確率を知ってるか」
「99%でしょう。もし1%で助かっても、恐竜絶滅の隕石説のように、長期太陽の当たらない厚いスモッグに包まれた星になる」
「そうだ、つまり死ぬとは限らない」
楽し気に吐かれた言葉に臨也は思わず吹き出して、同時にアクセルを踏み込んだ。
白バイを振りきるのに残された時間の大半を費やして、辿り着いた予定外の山中に車を停めた。
終始無言だった静雄は、臨也が促すと素直に車を降りた。見上げた空は降るような星で、きんと冴え渡った空気が肺に心地よい。
この世界が間もなく崩壊するなんて、俄には信じ難い。しかし数多の人間達が計算と試行を重ね、その結論しか出なかったのだ。
臨也は助手席側のドアにもたれる静雄の手の甲にそっと触れた。
彼の視線は夜空から動かない。臨也もまた、彼の瞳の先を辿る。
東の空に、小さな小さな青い光が見えた。
──あれが、地球の運命を変える彗星だ。
「俺なら──」
静雄がそっと口を開いた。
「投げ飛ばせねぇかな、あれ」
沈黙していた彼は、ずっとそのことを考えていたのだろうか。臨也はゆっくりと首を振った。
「やめておきな。いくら君でも死ぬよ」
「でも──」
静雄の瞳がやっと臨也を捉えた。
「俺のこの力は、これのためだったんじゃねぇかな」
淡々とした言葉は、ぞくりとするような現実味を帯びている。
臨也は静雄の手をぎゅっと掴み、その唇に噛みついた。
「君がいない世界で、俺に生きろっていうの?」
「なら──」
呆れるほどにまっすぐな瞳が、臨也を見た。
「俺と、ヒーローにならねぇか」
「──ガラじゃないね」
彗星はぐんぐん近づいて来る。
ワールドエンドアンソロジー様に提出させていただきました
2012.8.5.永
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