HEAD
修学旅行と言ったら、アレだよな?
 ごおっ、と洒落にならない音をたてて飛んできた枕が、頭上を通過し壁にぶつかる。
 修学旅行の初日、班ごとに自室待機中だ。
 一拍おいてふわふわと羽根が降ってきた。やっぱり、中身は羽根だったんだよな、と痛感する。なのにあの音はなんなんだ。
「悪ぃ、奈倉! 逃げんじゃねぇ、ノミ蟲!!」
 爽やかに言った静雄は、一瞬後にはその顔に青筋を浮き上がらせて、次の弾──でなく、枕を持ち上げる。そんな静雄を煽るように舌を出し、ぴょんぴょん跳ねる臨也は、言われてみれば確かにノミのようだ、鬱陶しくて堪らない。
「外でやってくれりゃいいのに」
 小さく呟いた言葉が二人に聞き入れられることなど端から期待してはいないが。今宵自分が寝る部屋が羽根と綿と埃に埋もれていく。襖も壁も備品も、その大半が疾うに原型を留めていない。片付けるのはどうせ自分だ、あぁ──
「放っておけ、そのうち飽きるだろう」
 同室の門田は、我関せずと座椅子で文庫本を読んでいる。その隣で携帯電話を弄る新羅は、近付きたくないくらいに蕩けた表情で画面を見つめていて、この喧騒は耳に入らないらしい。また、この二人には何も飛んで来ない、とばっちりを受けているのは奈倉だけだ。
 かれこれ小一時間に及ぶ、枕投げという名の戦いを止めにくるような物好きもいない。
 ここにくるためのバスに酔って、揃って撃沈していた静雄と臨也は、夕食時に相前後して復活した。ただでさえ体力の有り余っている彼らが、乗り物酔いで観光に参加できなかったのだ、元気になったら暴れ出すのは目に見えている。臨也が、修学旅行の定番なのに枕投げもしたことないなんて…云々。少しからかっただけでこの騒ぎだ、全く仲がいいのか悪いのかわからない。
 どすん、ばたん、ぱーん──とやかましい中、ふと小さくドアをノックする音がした。が、誰一人としてそちらに注意を向けない。
 致し方なく奈倉が羽毛を踏み付け戸口に向かう。
「っ…」
 と、また飛んで来た枕が後頭部に命中した。しかし臨也の投げたものだったらしい、大したダメージではない。
「どこ行くの?」
 戦いに高揚した紅色の瞳が、楽し気な余韻を残して輝く。
「いや──誰か、来たみたいなんで」
「風呂か?」
 一時休戦した静雄も、頬を上気させ首を傾げる。
「あ、そうかも。奈倉、確かめて」
 自分が引き止めたくせに、臨也は傲慢に言い放つ。そうして二人していそいそ入浴の準備を始めている。

 予想通り、客は入浴の番だと知らせにきた教師だった。だから、全員で移動して…自分達が最後にまわされたらしく、汗臭い浴場で裸になっても元気に暴れる二人に、溜息も出ない。
「っ…た…」
 飛んできた石鹸に頭を押さえ、騒動の中でも平穏の保たれた門田と新羅の傍へ躙り寄る。
 奈倉には、湯も石鹸もシャンプーも、瓦礫だってなんでもありだ。
 入浴制限時間の5分はとうに過ぎているのに、誰一人止めにこない。
 どこか楽し気な怒号と物の飛び交う空間…あぁ、タイルに皹が入った。噴き上がった水が天井まで届く。
 こんな日があと2日も続くのか…奈倉は冷水にまみれていく天井を仰ぐ。と、頭から湯を浴びせられた。
「奈倉も混ざりなよ、もちろん、俺の手下で」
「ノミ蟲につきやがったら、どうなるかわかってるよな?」
 不敵に笑う二人に漸く、新羅がのんびりした声をあげてくれた。
「いい加減にしなよ、二人とも。せっかく洗ったのに、この薄汚い噴水を浴びなきゃ外へ出られないじゃないか」
 どうやら、一時休戦のようだ。


青春来々様に提出させていただきました。


2011.12.4.永


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