OTHERS
12(R15)
 オールブルー、奇跡の海。
 好漁場である潮目がそちこちにあるのなら、常識に捕らわれない新世界にはきっと、全ての魚の集まるオールブルーがあると信じていた。新世界でゼフがそれを目の当たりにすることはついぞ無かったが、それは見つけることができなかっただけだとゼフは信じている。もしかしたら嵐や海王類、海賊や海軍に対処するのに忙しく足元の海をきちんと確認できなかったときに、知らず通過してしまった可能性すらあると思っている。
 その夢を、未だ自分の手にできない夢を、将来ある若者に託すことは現時点での己の状況を鑑みて決して誤りではない。
 そりゃァゼフより高齢でもなお海で幅をきかせているヤツはいる。白ひげなどはその好例だ。彼ならば、もし望むならオールブルーを見つけることだってできるかもしれない。
 それでもゼフがサンジに夢を託すのは、決して絶望などではなかった。
 コックの朝は早い。昨晩眠る前に少々のことがあったところで、朝の仕込みを疎かにできるはずはなかった。目覚まし時計すら必要とせずゼフは夜明けの光が東の空をうっすらと染めると同時にぱちりと目を開き、ゆっくりと起き上がる。
 小さな背をゼフに押し付け眠るサンジを見下ろした。反対の隣に横たわっていたシャンクスがゆっくりと伸びをする。
「いいヤツを見つけたじゃねーか、ゼフ」
 ゼフはサンジから視線を外し、シャンクスの肩を軽く押す。
「──退け。おれは仕事がある」
「跨いでいっていいんだぜ?」
 男を睨み、冗談だってと彼が起こしかけた腹に左膝をついて全体重をかけてやる。ぐえ、と悲鳴を上げながらも楽しげなシャンクスにつられて少し顔が綻んだ。
 不自由な足にシャンクスの上を通過させる、その腿を優しく押さえられた。その力は決して強くはないのに掌の温かさに心が凪ぐようで動きを止める。
「変わらねェな」
「何がだ」
「おれが惚れたまんまだ」
 太陽のように笑うシャンクスは、この天性の明るさでもって、色んな者を虜にしてきたのだろう。
「このガキが海に出るまで、オールブルーは見つけないでいてやるよ」
 ゼフはふ、と小さく笑い唇を歪ませた。シャンクスの右手を押さえ、そっと掴み上げる。
 口元に持っていくと指によさ毛が絡んだ。
 薄く開いた唇で接吻し、そのまま手を離す。
「望まねェモンは手に入らねェ。当たり前のことだろう」
 シャンクスはゆっくり瞬き、目を細めた。
「あァ、だからお前を手に入れた」
 ゼフは刹那目を瞠り、彼の上から降りようとシャンクスの腹に手をついて腰を上げる、その臀部に手を添えてシャンクスが上体を起こした。笑みを象った唇が寄せられる。
「おれはすごく嬉しいんだぜ」
 嬉しいのはゼフも同じだった。ただ、シャンクスほどあっけらかんと言葉にできないだけだ。
「──ガキに気付かれるだろうが」
「キスくらいいいだろ、挨拶みたいなもんじゃねーか」
 断る言葉を見つける前に唇が重なった。
 早起きのコックの生活を叩き込まれているはずのサンジは、不自然な程に動かない。その小さな背を横目でちらりと見て、ゼフはシャンクスの頭に手を添わせる。自ら深く口付け、ゆっくりと下唇の内側を舌でなぞった。
 それを絡めとろうと伸ばされた舌をかわして唇を外し、口角を吊り上げてみせる。自分の唇に纏わる互いの唾液をゆっくりと舐めた。
「おれは朝食の支度をしねーとならねェからな、ここまでだ」
 シャンクスは肩を竦め、小さく笑う。
「今日の朝は何の予定だ、シェフ」
「さァな…コックに出されたモンは何でも有り難く食えばいい」
 そう吐き捨てて今度こそシャンクスの上から滑り降り、床に左足をつき、義足をそっと置く。パジャマを脱ぎ、コックコートを羽織りながら、シャンクスの好物について考えていた。


2020.3.29.永


あきゅろす。
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