OTHERS
紅い果実(猿妙)
 今夜は仕事は休みをとっている。その代わり、昼から約束があった。それを思うとつい、常になく念入りに化粧している自分に気付き妙はふと手を止めた。
 あんな変態のためでは決してない、と自分に言い聞かせる。ただ…そう、ただこれは彼女にナメられないように──
「今日も綺麗ですな、お妙さん」
 天井から降ってきた声に元よりさして甘くもない思考はぷっつり途絶え、妙はボタンひとつでストーカーゴリラを天空へ弾き飛ばした。
 ──そうして。近藤の気配を思い出すのも嫌で一時間も早くに着飾って公園のベンチに待っている自分を納得させる言い訳を探す。
 化粧はアレだ、自分を引き立たせるような外見の友人と会うのとは訳が違うのだから仕方ない。間違っても彼女に可愛いと思われたいとかそういう理由ではないのだ。こんなに早く来ているのは全て近藤が不快であったせいで、他にはなにもない。
「──やっていられないわ」
 だが、それも10分も続かなかった。一旦帰ろうか、それとも周辺を少し歩こうか。とにかくそこでじっと彼女を待つ自分という構図が許せず腰を上げた瞬間。
「あら…早いのね」
 待っていた女が、ぬけぬけといつもの服装で現れたものだから、約束より50分も早くても腹が立つ。別に求められてもいないのに一番可愛い着物と勝負下着を選んでしまった自分を殺してしまいたいくらいに。
「後1分遅かったら帰っていましたよ、猿飛さん」
「…えっ?」
 猿飛は言葉の意をとっさに掴めなかったかきょとんと瞬き、勢い良く時計台を振り返る、拍子に彼女の眼鏡が地に落ちた。時計など読み取れなくなった彼女は視認できないながら妙の言葉を信じたらしい。
「──さっきまで仕事になっちゃったのよ。急いで行けば間に合うと思って、近くで着替えるつもりだったの」
 ふてぶてしい口調を繕いながらも妙の表情を伺おうとしているのだろう、ちらりちらりと無関係なホームレスに視線を送る猿飛の手を取り、拾った眼鏡を握らせた。
「いいわ。どこに行こうかしら。私はとても楽しみにしていたんですよ」
 言葉にしてしまうとそれは非常な実感を伴った。女同士で会うこの行為がデートであることくらい、充分に知っていた。だがそれが改めて現実として実感され、客と外で会うのとはまるで異質の嬉しさが胸の内を満たす。遅れてもいない彼女が急いで来てくれたことも、少しは服装に気を遣おうとしていてくれたことも。
 だがそれを素直に伝えるのは気恥ずかしくて、猿飛の細い二の腕に触れた。鍛え上げられた筋肉は女性的な柔らかさばかりでない質があり、あまりに彼女らしい気がして思わず胸元に抱き寄せた。
「…人が見るわよ」
 赤い縁の眼鏡の奥で少し瞳を見開いた彼女は、その手を払いはしない。
「誰も気にしないわ」
 妙のポニーテールに、風に煽られた猿飛の長い髪が纏わりつく。
「どうしたの、今日はいつもと違うじゃない」
 猿飛の声音はけして妙を厭ってはおらず、むしろ年少の者を慈しむような甘さを含んでいて、彼女が一気に大人の女に感じられた。胸の鼓動が強く抱いた腕から彼女に伝わってしまいそうだ。
「たまには、こういうのもいいでしょう?」


2018.8.13.永


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!