OTHERS
客人(鷹鰐、R15)
 クロコダイルには、たまに客人が来る。公のそれはお忍びであっても仕事柄把握していたが、プライベート空間にまで案内も乞わず踏み込む関係の者がいるとは、まだ彼の下に来て日の浅いロビンは知らなかった。
 大体が、彼は今までロビンの接した男とは違っていた。ロビンに利用価値を見いだして接触したのは同じだろう。
 だがそれだけだ。
 男などみな、体をちらつかせれば何かしらの下心を抱くものだと思っていたし、その結果どこかロビンに甘くなり、いざという時逃げ出す基盤を作ることに繋がった。しかしクロコダイルはそういう気配すら嫌うようであった。硬派なあまり取り入り方がわからない、というのが実際のところである。それでは、自分が裏切る前に彼に裏切られるのではないかという懸念を拭いきれない。また、そういう下心を向けられている方が、別れるときに嫌な思いをせずにすむ。
 ──だから、匂わせる色香で足りぬならもっと直截的にと、仕事後にクロコダイルの私室を訪ねたのはロビンの中では至極当然の流れだった。そこに、鷹の目のミホークがいるとはまさか思いもしなかったが。
 気配を殺し、少し離れた位置から手を咲かせて扉を開く、途端覇気が内側から噴出した。
「…──」
 咲かせた手を消し、少し後退する。
「夜分にどうした、女。入ってくるがよい」
 低く響く声は、覚えのないものだ。
 いずれにせよ、気付かれてしまったならば仕方ない。
 逡巡は一瞬で、ロビンはそっとクロコダイルの私室に入った。外部の人を通すことなどないはずのその部屋の一角はバナナワニの様子が一望できるよう透明で、遠くにそれらしい影が見える。水底のせいばかりでなく薄暗い照明を受け部屋の隅に鎮座したベッドはクロコダイルの体格に相応しい大きさだ。それを左手に、クロコダイルの椅子に座した男が金色の眼で射抜くようにロビンを捉えた。
「こんな時間に訪ねるような女がアレにいたとは思わなかったぞ」
「──仕事の書類をボスに届けにきただけよ」
 不興をかったときの保険はあった。しかし、肝心のクロコダイルがいないのは誤算である。彼は今日は早々に仕事を切り上げ、人払いまでして自室に引っ込んだはずなのに。
「ならばそこに置いていくがいい。おれは見はしない」
「──…」
 視線で指されたのはミホークが手を伸ばせば届く場所で、流石にはいそうですかとは言えなかった。一応は、機密文書の類ではあり、ある一定のラインを越える関係はあるにしても、クロコダイルの反応を確認もせず部外者に一任することはできない。
 と、そのとき砂漠の匂いが鼻をつき、風が動いた。
 ロビンは努めて冷静な笑みを口元に貼り付け、ゆっくりとそちらへ目を向ける。バスルームに通じる扉の前に立ったクロコダイルが常と変わらぬかっちりした服装で仏頂面をしていた。
「あら…サー、お届け物よ」
 動揺を顔に出さぬよう微笑を湛え、彼の近くに咲かせた手で書類を差し出す。
 不機嫌に一瞥したクロコダイルは、僅かに顎を引いた。
「じゃ、おやすみなさい。──いい夜を」
 彼が何かを言う前にさっさと踵を返し、部屋の外に出る。どうせ残ったって不興をかうだけだ。目を咲かせてもいいが、おそらく二人ともすぐに察してしまうだろう。
 代わりに扉の閉まる寸前に一瞬だけ視線を室内に投げる。鷹の目の鋭い瞳と目が合って、笑みを返した。
 別段、甘やかな空気を二人の間に感じることができたわけではなかったけれど。彼がロビンに手を出さない理由だけは確信した。
 次の手を考えておく必要がある。


─ ─ ─ ─ ─

 彼女の気配が遠ざかるにつれ、ミホークがじわじわと近付いてくる。無駄に鋭い視線がクロコダイルを真っ直ぐ捉えていた。
「ぬしは女にも関心があったのだな、知らなかったぞ」
「そんなものはねェが」
 ないこと自体が自然に相反する関心如き、クロコダイルが今更心乱されることはない。別段対抗するつもりはないが、ふてぶてしくミホークを睨み返した。
 そうしているうちに、彼の頭部が胸元まで迫って、むっつりと見下ろしてやる。
 伸ばされた手が存外に優しくクロコダイルの頬に触れた。クロコダイルは眉を寄せるが、彼の手を払いはしない。
「少々妬けたぞ」
「…そうか」
 今一つ表情に現れてはいない彼の悋気が、紛れもなく真実であるのだろうと思う程度には彼の思考パターンを知っていた。尤もそれがわかったところでクロコダイルにとってミホークの感情など些末なものであることに変わりはなかったが。
 クロコダイルは暫し仏頂面でミホークを眺め、ややあって砂になり彼の手から離れベッドに移った。
 褥に腰を下ろし、口角を持ち上げミホークを見やる。
「で…どうするつもりだ。ショックのあまり使い物にならなくなったとでも?」
 ミホークは、ふ…と肩を竦め、至極のんびりとした歩調で追ってくる。
「試してみるがよい…尤もおれがそこまで繊細か否かはわかっておるだろうが」
 ミホークの股間のトマホークが繊細とは凡そ縁遠いことは不本意ながら知っていた。そもそも、己より縦にも横にも大きな男相手に補助なく屹立する時点で相当に節操がないと感じていたのも確かではあった。
 クロコダイルは左手を彼に向け、鉤の先で緩く手招いてやる。
「さて…忘れちまったぜ」
 曲がりなりにも武器を向けられているのに、ミホークは躊躇いなくクロコダイルの胸元に滑り込み、膝を跨いでのしかかった。
「ぬしの望みのままに与えてやろう」
「は──やってみな」


2018.8.28.永


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