OTHERS
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 クロコダイルは戦争において、ことごとく白ひげを意識していた。それどころか、白ひげの死を悼むことまでやってのけた。ヤツの傘下にいる訳でもなく、女の顔に盛大な傷をつけた男だというのに、その男を随分と慕っていたらしい。とても、面白くない。クロコダイルが女を捨てたのは、きっと白ひげの影響が大きかったのだろうとは、思っていた。それでも体を許すのはドフラミンゴだけだろうとも思っていたから我慢できた。だが、クロコダイルにはバロックワークスがあり、陰謀があり、夢があり、そして白ひげがいた。それら全てがきっとクロコダイルにとってはドフラミンゴより当然優先すべきもの達で、ドフラミンゴがファミリーを大切にしているのと同じようなものだろうと頭で割り切ろうとしても釈然としない。納得はできても面白くはない。だから、戦争の後のどさくさに紛れてクロコダイルを強引に攫い、船上の人となった。存外に大人しくついてきたクロコダイルには鋭い目をした番犬までくっ付いていて、面白くはないが本命がここにいるのだからと見ないフリをする。この男を攫って、どうこうしようというつもりではなかった。力を貸させようにも、同意がなければ役には立つまい。久々に犯してやろうにも、白ひげの死のせいかこうもあからさまに傷心し、喪に服しているかのような態度を取られては勃つものも勃たない。ただでさえクロコダイルの前でドフラミンゴのどふらみんごは非常に繊細な状態が続いているのだ。だがどうすることもできなかったとしても、この男をここでこのまま自由にしてしまいたくはなかった。せっかくこの海に帰ってきたのに、どこかに潜られて、また手の届かない男にすることだけは絶対に嫌だった。こんなにドフラミンゴが執着しているのだから、クロコダイルもそれ相応のものを見せてほしかった。
「おれじゃァダメか、わに野郎」
 そういう悶々としたものを胸の内に蟠らせ、どうにか打開策を見つけようと頭を悩ませた挙句、ふと唇から滑り出たのは予想外に女々しい言葉だった。もっと格好よく、クロコダイルがなりたかった海賊王もかくやと言わんばかりの言葉でうっとりさせたかったのに、である。だが、クロコダイルにはこれでも何か響くものがあったらしい。垂れ目を軽く見開き、稍あってにやりと口角を持ち上げた。そうして、ふてぶてしくも耳に心地良い低音で嘯く。
「そりゃァてめェの方だろう、フラミンゴ野郎」
 それは、腹立たしいくらいに正論だった。ぐうの音も出なくなったドフラミンゴのコートに鉤爪を引っ掛けて身を寄せられる。
「てめェはとうの昔におれでねェとダメになっちまってるだろう?」
 シニカルな自信に満ちた表情は、ドフラミンゴの見慣れたクロコダイルそのものだった。自分のやるべき事を確信し、進む道を思い描いているから、色恋だって相手の方がゾッコン惚れて付いてくると信じて疑ってもいない。せめて頼ってでもくれたらいいのに、そんな可愛げは見当たらない。尻に敷かれたい願望がドフラミンゴにある訳では決してなく、むしろドフラミンゴの意のままに振り回して、着いてこさせる亭主関白な交際がしたいのに、現実はなかなかどうしてそんな気配はない。それでも、この男に惚れているのだから、しかもこんなに惚れて惚れて惚れ抜いたのはクロコダイルをおいて他にないのだから、ゆくゆくどうかしている。
「あァ、このジョーカーのハートを掴んだんだ、てめェだっておれなしじゃいられなくなるべきだろォ?」
 ドフラミンゴはクロコダイルに向かい大きく両手を広げ、しかし強引には出ずに紳士的にクロコダイルが胸にしなだれかかるのを待った。愛されていると信じられるほどクロコダイルの普段の様子はドフラミンゴにメロメロではなかったが、力尽くでいうことを聞かせられるような男でもない。できるなら、当人の意思でドフラミンゴの手を取ってほしかった。戦場では人目があったが、今はいくらガタイのいい男二人が向かい合っていようと、群衆はそれぞれに自分のやることに忙しく、誰もこちらに注目してなどいない。言わば、これが最後のチャンスであった。それをクロコダイルが掴まないというのならば仕方ない、ドフラミンゴが力尽くで、何が何でもモノにするまでのことだ。クロコダイルだって、今この手を取らないことがドフラミンゴを諦めさせる役には立たないことを知っているのだろう。じっとドフラミンゴのがら空きの胸を眺め、口角を吊り上げた。ゆっくりと鉤の手がドフラミンゴの首元に突き付けられる。下から笑みを孕んだ瞳が睨み上げた。
「そりゃァこれからのてめェ次第だな」
 サラサラと砂になった男に笑いが込み上げる。これだからコイツは堪らない。


2021.10.23.永


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