OTHERS
忍者でお邪魔(桂と山崎、攻×攻、R18)
「山崎」
 神出鬼没の攘夷党党首様が万事屋を張り込む山崎の前に現れ、山崎は大きく目を見開いた。
 なるべく外したくない視線を素早く動かし、よくもまあそんな格好でここまで来たなと思うような黄色い忍者服姿の桂が一人なのを見て取ると、路地を挟んだ万事屋の玄関に目を戻した。
「何。俺は仕事中なんだけど」
「そんなに窶れるまで仕事か」
「お前も旦那を見張ってりゃわかるよ。まるで何も怪しくなくて毎日ゴロゴロダラダラしてるのを眺める虚しさは異常だから」
 目の下に隈ができている自覚はあった。髭も一週間ほど剃っておらず、なんなら風呂にも入っていない。そしてその間の食事はひたすらあんパンと牛乳だ。いい加減精神が限界を迎えそうでもあり、早急に成果を出して普通の食事がしたいし風呂にも入りたい。だがターゲットがダラダラしかしないからと、攘夷しろと首根っこひっつかむわけにもいかない。むしろ桂こそこんなところに来るのではなく万事屋を訪ねるべきだ、そうしたら一網打尽にして山崎は解放される。
「──貴様の張っている男だが…見逃してはくれぬか」
 重々しい声を出す桂に目を向けぬまま、山崎は苦無に手をかけ不機嫌に唸る。
「お互い仕事には口を出さない約束だろ」
「わかっている。だからこれは私人としてではなく、公人として頼みにきた」
 指名手配犯に公人も私人もあったものか、と思う。
 だが公人としての桂が、私人の可愛げのある男よりずっと質が悪いことは知っていた。なにせこれは、非常に口と頭がよく回る、天下一品の詐欺師である。
「それなら俺に決定権はないから。交渉したいならもっと上に当たってくれるかな」
 警戒は解かぬまま、極力冷たく吐き捨てる。
 応援を頼むこともできなくはない、大事にしたら銀時にも見られてしまうだろうが。それ以前に、大事にしたならばこんなに近くにいた山崎が、いくら逃げの小太郎とて取り逃がした言い訳はできない。それこそ致命傷でも負わなければ見逃せなくなってしまう。
 山崎は桂が真っ白だとは思っていないが、わざわざ今の法に照らしあわせて捕まえたくない程度の情はある。
「山崎」
 無視してしまいたいのに、桂は去ってくれない。ぴたりとくっ付いて座り、山崎の手を握る。
 ──はっきり言って非常に邪魔だ。万事屋の何の動きもない玄関に目を向けてはいるが、まるで情報としては入ってこない。これが桂でなく他の攘夷志士であったなら、どんな極悪犯であろうと幾分マシだった。桂でさえなければ、仕事と私情の狭間で山崎を揺さぶることなどできはしない。
「どうしてもって言うなら、そんな小細工じゃなく力尽くで来いよ」
 苛々と吐き捨て、意志の力で桂の手を振り払った。
「山崎、ヤツは今は何もしていない」
「そんなことわかっとるよ」
「──アレを逮捕するより、俺を捕らえる方が名分がたつだろう」
「本当にそう思うなら俺じゃなくて副長か沖田さんの肩でも叩いて来いよ。お前が逮捕されたら首を飛ばすまで一直線だよ、もう止まれないから」
 そうこう揉めているうちに、瞬きもせず見守っていたはずの万事屋に動きがあったらしい。いつの間にか出て来た銀時の原付の音がした。桂を突き飛ばして身を乗り出した街路に排気ガスを振り撒いて、銀時の単車が走り去るのが見え、がっくりと肩を落とした。
「なんなのお前、この仕事はやたら絡んでくるじゃん」
「あれは俺の旧友だからな」
「旧友でもなんでも、今のところ旦那はいくら見てもグータラしてるだけだよ。ちっとも攘夷なんかしてねェよ。お前が変に庇う方がどう考えても怪しいからね」
 土方にどう報告しようと悩むのも、桂がいては頭が纏まらない。乱れに乱れた思考にトドメを刺すかのように、桂がずいと顔を寄せてきた。ふわりといい匂いのする髪が頬を擽り、歯がぶつかるくらい乱暴に唇を押し付けられる。柔らかさよりも火花の飛ぶような痛みを覚え、幾度も瞬き生理的に滲む涙を追い出した。
 仕事の邪魔をされた苛立ちも相俟って、触れた柔らかな唇にわざと歯を立ててやる。桂は柳眉を顰めたが、表立っての拒絶はしない。それに僅かばかり気を良くして、彼の顎を掴んで口を開かせ、舌をねじ込んだ。ぐるりと口内を舐る舌に彼のそれが寄せられ、濡れた音を立て絡みついてくる。高揚に脊髄が痺れるようだ。
 銀時を追わなければならないとわかっていた。どうせパチンコか、ジャンプを買いに行ったか、その程度のことだろうけれど知っていなければ報告書に穴ができる。元々報告書は突っ込みどころの多い書き方だが、そうではなく土方に詰問されて答えられないことがあれば問題だ。
 しかし今更走ったところで追い付けぬことも、桂を振り切ることができないのもわかっていた。
 いっそ銀時が桂と密会していたと言ってやろうか、しかし嘘がバレたら切腹だ。
「──何を考えている?」
 ひとしきり唇を貪り合って、それでも仕事から頭が離れず今一つその気になれない山崎に、桂は少し唇を尖らせた。
「仕事のことに決まってるだろ」
 そんな小憎たらしいかわいこぶりっこにのる気にもなれず、疲れた声で応じた。
 桂は派手な黄色い忍者服の胸元を寛げ、素肌に散り掛かる髪をかきあげる。男の、珍しくもない平たい胸なのに小さく喉が鳴り、舌を打った。
「本当に仕事のことで頭がいっぱいとは思えないな」
 笑みを孕んだ声に知らず歯噛みした。この男こそ生業のことを考えて邪魔しに来たに決まっているのだ。この策士の掌に転がされっぱなしであるのを自覚して、不快であるのに止められない。
 意趣返しに無防備に晒された首もとに口を寄せ、型の残るくらいに強くぎりりと歯を立てた。痛みに耐えるように彼の息が震えたのに少しばかり気を良くして、浅く残った歯型を舌でゆっくり舐った。
「わかっているのだろう、貴様も。あれが今はただのプー太郎だと」
 そんなこと、言われなくともわかっていた。だから一刻も早くこのくだらない職務から解放されたかった。張るにしても、もっとやりがいのあるターゲットはいくらでもいる。しかし銀時は、尻尾を掴まれないように大人しくしているわけでもなんでもなく、ただ現役で攘夷活動をしていないからぶらぶらしているに過ぎない。それを上司に理解させるために、この実にならない男を見張り続け、まるで面白みのない生活を記録してきたというのに、ここで空白の時間ができてしまう。それはつまり、銀時が怪しくないと土方が納得する根拠が弱まるということであり、また山崎が銀時を観察する日々が延びるということだ。
 だが本来無駄に頭の回る桂がそこに気付いていないはずがない──そこまで思ったとき、はっとした。
「お前、攘夷志士として来たんじゃなくて、ただ単に私人として来たんだろ。お前は俺に、旦那を見張っててほしいんじゃないの」
 瞬間、桂が絵に描いたように、しまった! といった顔をした。そればかりでなくその表情そのままの言葉を叫んだ。
 山崎は大きく溜息を吐き、桂の二の腕を掴む。
「どうしてこんな仕事を続けさせたかったんだ、言えよ。内容によったら許してやるから」
 桂は少し視線を泳がせ、稍あって開き直ったように胸を張った。
「その方が、貴様も暇であろう?」
「…は?」
「いつもどこにいるのか、どのくらい忙しいのか俺にはさっぱりわからぬが、貴様が銀時に張り付いているなら俺もいつでも貴様を訪ねられるではないか」
 あまりに堂々と言われた言葉に理解が追い付かず、数度瞬く。
 たっぷり数十秒は経ってから、山崎はゆっくりと口を開いた。
 思い至ったことはひとつあったが、まさか信じ難い。だが桂の行動力は凄まじいから、そんな馬鹿げた理由でも走り出せるかもしれない。
「──まさかとは思うけど…お前、俺と一緒にいたいから邪魔しに来たの?」
 恐る恐る桂の瞳を覗き込む。
 彼は、一瞬躊躇って、大きく首肯した。その瞬間、怒りと喜びが綯い交ぜになったものが胸の奥から突き上げて、その勢いのまま桂を抱き締め押し倒した。
 公人としては本当に腹立たしい指名手配犯である。だが私人としては非常に愛おしく、銀時が今は別に何をも為していないと確信している山崎に彼の張り込みを続けさせる土方への反感も相俟って、もはや仕事中であっても私人としての感情が優先して溢れ返った。桂もまた、山崎の体をひしと抱き止め、畳に黒い長髪を散らし山崎を見上げた。
「──するか?」
「ここまで煽っておいて、しないで済むと思ってないだろ」
「仕事中、なのだろう?」
 ニヤリと笑った少し悪い顔に舌を打ち、唇を唇で塞ぐ。形ばかり忍者服を着ていても、結局はコスプレなのだろう、遠慮なく懐を左右に割っても時限爆弾と中辛カレールーがごろごろ転がり出たくらいで暗器のひとつも隠してはいない。そちこちの隙間からレトルトカレーのパックがどさどさ出て来る衣装を開き、露になったかつらに食い付いた。
「っ…山崎──」
 少しく動揺した気配に気を良くして、心なしか蒸れた味のする雄に舌を絡ませ吸い上げる。裏筋を包むように口内で舌を擦り付け、ちらりと視線を桂に投げる。
 桂は秀麗な頬に血の色を掃き、瞳を欲に潤ませて魅入られたように山崎を陶然と捉えていた。カッと頭の芯まで熱くなる。彼を動揺させてやったつもりだったのに、やっぱり振り回されているのは山崎の方で、しかしそれが不快なだけでは決してない。意趣返しに鈴口に硬口蓋を擦り付け強く吸い上げてやる。と、とろりと塩の味が口内へ広がった。
「…山崎、俺も──」
 髪を優しく撫でられ、反射的に目を細め諾いかける、が、口一杯にかつらをくわえたまま首を振った。
 どうせほとんど動きはないとわかっているが、それでも見ていない間に銀時が外出したらいけないので、張り込み中は濡れタオルで体を拭うくらいでちゃんと風呂に入ってもいない。例え桂が構わずとも、山崎が気になる。綺麗な桂にそんな汚いものをしゃぶらせたくなどない。風呂上がりなら桂の口や顔に出しても、汚した気分が逆に興奮材料になるのは否定しないが、だが本当に汚い自覚があるときはいけない。もし桂まで山崎を汚いと感じたなら立ち直れない。
 だがそれを素直に説明できないほどにひねくれてもいる山崎は答えずに、唇をすぼめ口内全てを使いかつらを扱き上げる。桂が小さく呻いて山崎の肩を掴んだ。軽く押さえた鼠径部がひくひく痙攣するのを掌に感じ、深くくわえ込んだ先端を自分の喉奥へ擦り付けて、嘔吐反射も利用して締め上げる。口の中でびくびくと跳ねたかつらが青臭い白濁を山崎の喉へ吐き出した。
「──黙ってやられていればいいだろ」
 勢いのままに飲み下して顔を上げ、口元を手の甲で拭う。唾液に濡れ光るかつらは普段の彼からは想像もつかぬほど卑猥だった。
「それは性に合わん」
 股間を露出し、はだけた忍者服をそのままに腕を組み毅然と言い張る桂を笑い飛ばしてしまいたいのに、どうにもギャグにできずに息を呑む。
 ふらふらと吸い寄せられるように唇を重ねる。
 口の中は彼の吐き出したものを受け止めたせいで酷い味だとは思うが、桂は少し眉を顰めただけで拒みもせず受け止めた。
 唇を啄み合いながら桂の手が山崎の着物を解いていく。気がつくとすっかり前身頃が開かれていた。
「次は俺の番だ」
 弾んだ声に不穏なものを感じ、眉を寄せる。
 やたらと負けず嫌いな男は、いいようにされたと感じたら仕返しも執拗なのがいただけない。だがきっと、今拒んだらもっと後でごねるのだろうと諦めて息を吐き、彼の頭を抱き寄せた。
 ふ、と笑った息が胸元を擽り、長い髪から甘い香りが立ち上る。無造作に芯をもったやまざきに指が絡められ、小さく腰が戦慄いた。
「──汚いけど、いいの」
 最後の足掻きでふてくされた口調を装おうとしたが、しかしその音には如実な期待が纏わりついていた。それに桂も気付いたらしい、小さく笑って、だが何も言わずにやまざきの先端に唇を触れさせた。
 熱い唇の狭間から舌が覗き、ちろちろと鈴口を舐られる。低く呻くような声が漏れ、思わず桂の肩を掴んだ。散り掛かる髪が指に絡み、その柔らかさに気が遠くなりそうなほど胸が高鳴った。
「──お前って意外と変態だよね」
 上擦る声を誤魔化すように、わざと軽い口調で揶揄してやると、着乱れた忍者服から逞しい男の体をちらちらと見せつけながら桂が笑う。その振動がくわえられたままのやまざきを複雑に刺激して、腰が揺れる。
「男はみんな変態だ、そうだろう?」
 雄を口に含んだままの不明瞭な音に山崎も口角を吊り上げる。
 ぎゅっと桂の頭を抱き、深くくわえさせた。
「っ…ん──」
「いつまでも、余裕ぶってんなよ」
 わざと乱暴に吐き捨てて、ゆっくりと彼の頭を揺さぶり自身を刺激する。桂の熱い舌がやまざきに擦りより、息が乱れる。強く吸い上げられ、暫く抜いてもいなかった雄から熱い奔流がたまらず迸った。
「っ…は…」
 あまり飲み込むのは上手くない桂が肩を喘がせたが、それでも微かな音と共に喉仏が上下する。なんとかこぼさずに飲み干してもらったのは初めてで、胸が高鳴る。
 桂はゆっくりと唇を離し、自分の口元に手の甲をあてがいぐいと拭った。
「──いきなり、イくな、貴様は」
 生理的な涙に滲んだ瞳でじっとり睨まれてもさほど怖くはない。
「しょうがないだろ、お前にされてると思ったら予告する余裕なんかなくなるんだから」
 少し甘えた声を返してやると案の定目許にぱっと朱を掃いて桂がさっと目を逸らした。それがあまりに可愛くて、長い髪を混ぜるように頭を抱き寄せ、唇を押し付ける。
「なァ、風呂でもう一回しようよ」
 街路に、銀時が帰って来たらしい原付の音が響くが、目を向ける気にもならない。どうせあの男はこの後ぐーたらジャンプでも読むのだろう。わざわざ目の当たりにせずとも行動が予想できてしまうのが正直嫌で堪らないけれど、今は目の前に桂がいるのだからそんなことは些細なことだ。
 山崎には桂の行動こそ読めない。もし、今夜攘夷志士が大規模な何かを起こしたなら、山崎は二度とこのペテン師の色仕掛けに騙されてなどやれないが、現段階ではこの愛しい男を信じてやろう。上司への反感も相俟って、それは非常に魅力的だった。


2020.7.10.永


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