LOSE
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「──行った?」
「ええ、あなたの指示通りに」
 正臣の来訪を告げるチャイムと同時に居留守を使い、そっと寝室で声を殺して。確実に彼が出ていったことを確かめてから、そっと執務室に戻る。開きっぱなしのノートパソコンや、飲みかけのマグカップに正臣が気づかなかったことを願うしかない。
「今日はいつも以上に変よ、あなた」
 波江のような、弟以外の人間にまるで興味のない女に、素っ気なくとはいえ指摘される程度には自分が普段と違うことはわかっていた。でも、いつもと変わらないような顔をして正臣の前に出ることができない以上、彼に会って蚊帳の中の住人になる選択はできそうもなかった。正臣に、実はとても惹かれていた。だから、つい、許してしまった。そんな、他人の感情なら徹底的に利用し、骨までしゃぶり尽くしてしまえるような話を、公にする気は一切なかった。たとえこの事務所から外にその噂は溢れないとしても、だ。折原臨也は無敵な情報屋でなければならないのだから。いつまでも正臣を避け続けることはできないとしても、心の準備ができるまでは距離を置いていたかった。

2021.6.9.永


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あきゅろす。
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