GORILLA
甘蕉の海(R18)
 酒の席での軽いノリだった。あんまりゴリラゴリラと揶揄されている近藤に、今日青果店の店先で買い求めたバナナをプレゼントしてやったのは。
 鮮やかな黄に色付いたバナナは仄かに甘い匂いがした。それを一本、酒が回り皆が気分良く騒ぎ始めたところで懐から取り出し、そっと近藤の膝に乗せてやる。きょとんとバナナを持ち上げた近藤を見て、隊士がどっと笑った。
「バナナ…?」
「近藤さんに似合うかと思いやして」
「俺はゴリラじゃないよっ!?」
 まだゴ、とも言っていないのに喚く近藤は、それでも、ありがとうなと受け取ってくれた。
 しかし酒のアテにはせず懐にしまい、ほろ酔い気分で二人きりになった局長室でまたお目見えした。
「そうだ、忘れてた。ごめんなァ」
 すっかり出来上がった近藤は総悟の肩を抱き、着の身着のまま畳に横たわろうとしたところで、懐の違和感に気付いたらしい。黄色の鮮やかな果実を取り出し、酔いで頬を紅潮させニコニコ笑う。そうしてむっくり起き上がり胡座をかいて、鼻歌なんぞ歌いながら仄かに甘い匂いを纏うバナナを剥いていく。露になった白く柔らかそうな芯が夜の蛍光灯の白っぽい光に照らされて、何故かどぎまぎした。
 つい視線を逸らす沖田をどう思ったか、一口かじったバナナを突き出され僅かに身を引く。
「半分食べるか?」
 鼻先に迫った果肉にはくっきりと近藤の歯型が生々しく残っていて、小さく喉が鳴った。おそるおそる唇を開き、小さく一口、かじりとる。口の中にねっとり絡むバナナは、知っているそれとは違う味がした。
 そう思うと、頭にかっと血が昇る。たまらず黄色い皮を持った近藤の手を握る。白い果肉を夢中になって飲み下し、近藤に唇を重ねた。
「ちょ…っ、総悟…」
 焦った声すら耳に優しい。反駁しようと開かれた唇の隙間から、彼の口内を舌でなぞる。そこは、同じものを食べていたはずなのに、まるで違う味がした。思考力を問答無用で奪い去る、甘くて強い温度と柔らかさだ。
「待て、ってば…」
 左手が額に触れ押しやられる。
 少し息を乱し、近藤を睨んだ。
「嫌ですかィ」
「嫌じゃないが…まだ食べてるだろ」
 ちらり、と彼の右手の中のバナナを見やる。近藤と沖田と二人してかじった果実は歪に減り、白い電気の光に不思議に透明な色を見せていた。
「後でもいいじゃねーですかィ」
「ん…でも、食べかけちまったから」
 バナナばかり気にしている近藤の膝の上に乗り、その頬を両手で挟む。いつまでたっても幼かった沖田を見るときの瞳の優しさを完全には損なわない笑みに受け止められ、どうにも居心地が悪い。
「食べたら、相手してやるから…な?」
 あやすような口調も気に入らない。沖田は、こんなにも大きくなり、近藤を守れる力だってつけたのに。彼の中の沖田はいつまでも変わらない。彼のために剣を取り、彼のために修羅の道に進んだのに、彼は変わらず暖かい太陽みたいに沖田を照らしてくれる。それはそれで嬉しいけれど、ちゃんと大人の男としてもみてほしい。
 沖田は頑是無い子供のように首を振り、彼の唇に唇を重ねた。肉厚の唇を舌でなぞり、乳をねだる赤子のように吸い付いた。
「ん──そうご…」
 戸惑いはあっても、決して沖田を拒まぬ音が嬉しい。咎めようとして開かれた唇から舌を差し入れる。彼の瞳がそっと閉ざされた。
 近藤の手が畳に落ち、果実と夜毎身をおく畳がこすれあい、甘い匂いが広がった。
 沖田は睫を伏せ、彼の口内を夢中になって舌で探った。漸くバナナを手放した近藤の大きな手が沖田の腰を抱いてくれる。その温もりが、気が遠くなるほど嬉しい。
 近藤の膝を跨いだまま、腰を落とす。股間と股間が触れ合い、確かな高揚を互いに伝え合った。
 近藤の手がゆっくりと持ち上がり、背を撫でたそのままに、肩口を後ろから掴まれる。ずるり、と肩から落ちる着物にあらがわず腕を抜き、近藤の首筋へ手を這わせた。唇を離し、顔を落とす。喉元に舌を這わせ、喉仏を転がした。露にされた素肌に近藤が触れる。筋を確かめるように、背を撫でられた。
「──大きくなったよなァ」
 しみじみ呟く音が、親のような、兄のような慈愛だけでない欲を纏っていて、嬉しくて、悔しい。彼の心にある沖田はいつまでも子供だった頃を振り切れはしない。しかし、だからこそ一層近藤に食い込める。
 喉を伝い、下顎、そして唇へ。舌を刺す髭の痛みすら、愛おしい。右手は彼の下肢を辿り、褌越しに高鳴るブツをゆるゆる揉んだ。
「ん…っ…」
 じわ、と湿りが増し、雄の匂いが鼻をつく。嬉しくて、悔しくて、切ない。
「近藤さん…」
 舌を差し伸べ、ねだる口付けは、拒まれない。沖田の背を撫でていた手が項へ這い上がり、後頭部の髪を混ぜる。
「総悟──」
 本当に大切なもののように扱われ、胸が苦しい。このお人が好きで好きで、もうどうしていいのかわからない。
 縋るように掴んだかれをしごき上げた。
「総、悟…っ…」
 素直に快楽に呑まれてくれる懐の大きな彼は、何年経ってもずっと眩しくて、彼がそこにいるだけで息が止まりそうに輝いていた。どんなに想っても、どんなに抱いても満ち足りることはない。彼もとめどなく愛を溢れさせていて、沖田がこんなにも飢えてしまうのはきっと、近藤がくれるたくさんの愛を受け止めきれていないからなのだろう。飲めば飲むほど渇いていく。彼は海みたいだった。


2018.12.17.永


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