GORILLA
5
 張り込み中の山崎を訪ねて来る者など、定時連絡を入れなかったときの土方くらいしかない。証拠を押さえていざ突入という段には、山崎のことなど見向きもせずにみんな突っ込んで行ってしまうから、山崎はこそっと包囲網を抜け出す者がいないか目を光らせ、外から縁あった場所ごと証拠隠滅しようとする残党がいないか見張るくらいだ。
 だがそんな華やかな状況でも、連絡できぬほど緊迫した事態でもないのに訪ねてくれた近藤と、彼の置いて行った潜入食に胸の内が温かい。あんぱんも牛乳も別に好物なんかではないけれど、抱いた男が、あの近藤がと思うと何故だか美味しく感じられる。
 牛乳はまだ冷たくて、あんぱんは柔らかい。監視対象に動きはない。このヤマが片付くまでには、きっとまだもう少し時間が必要だ。
「──会いたいなァ…」
 ついさっき顔を見たばかりなのに、今は自分の恋人と言える男がこんなにも恋しい。
 この仕事が落ち着いたら、ゆっくり食事にでも行きたい──いや、山崎が落ち着いたら彼は上への報告で忙殺されるのか。どうにも世の中は上手くいかないようにできている。
 それでもあの男は、今は山崎のものなのだ。愛想を尽かされないように大切にしたい。でもストーカーをするくらい追うのが好きな男だから、優しくする必要はないのだろうか。もし、また訪ねて来てくれたら、今度は少しだけ一緒の時間を作ってもいいかもしれない。まァそれもこれも全て、この仕事が無事に片付かないと語る余裕もないかもしれないけれど。
 早く終わらせてしまいたいときに限って、見張っている連中に動きはない。いっそ腹立たしいほどに。
 どっぷりと深い溜息を吐いて近藤の置いて行った牛乳の最後の一口を飲み干した。
 と、誰かが、山崎の潜んでいる建物の外階段を上がってくる音がする。まさか近藤だろうか。それとも、近藤の先程の来訪に気付いた敵の者だろうか。
 山崎は牛乳パックを脇に置き、口元を引き締め背筋を伸ばした。外階段は鉄製でガタがきているから足音が響きやすい。しかし、それにしても全く潜んでいなさすぎる。では関係のない住民──しかしここに住んでいる者はいないはずだった。
 山崎は食事のゴミを押しやり、窓際の壁に身を押し付けそっと腰を上げる。自分の影が窓に映らぬよう、また物音を立てぬよう息を殺して壁に背を押し付けて歩き玄関の薄い扉に接近する。 非常階段を上がってきた足音が今度は廊下を近付いてくるのを耳で感じ取りながら、すっかり見えにくい位置になってしまった窓の外にも警戒を向けた。
 もう一人いてくれたら、そう、例えば山崎が分身できたら──だが言っても詮無いことは仕方ない。
 山崎は刀の柄に手をかけ、息を殺して鯉口を切った。足音は山崎の潜む部屋を素通りしていく。だが、これで安心は決してできない。こんな静かな陽動もあるまいとは思うが、山崎の見張るべき場所から目を逸らす狙いの可能性も──街路で人のくぐもった声がした。足音を忍ばせて動ける最速で窓際に躙り寄る。ずっと見張っていた建物にぞろぞろと入っていく数人の男の背がちらりと見えた。


2021.12.19.永


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