SOUL
お手つき(R18、塾生兄弟3Z風味パロ)
 たまたまサボりにきた校舎裏に、見覚えのある同級生が先にいた。──それで、どうしてこうなったかは実際のところよくはわからない。だが何故か今、ソイツとキスをしている。
「ん…」
 今まで直接話したことはないが、知ってはいた。後から来た沖田を物憂げに見やった高杉は、興味もなさそうに鼻を鳴らし、隻眼を閉ざした。そっぽを向いた顎のラインを日光がくっきり照らし、その滑らかそうな首を汗の雫が伝った。
 ──それに、ついふらふらと引き寄せられ、そして。噛みつくように唇を重ねていたのだ。
 左目を眼帯で隠した彼は僅かに右目を見開き、刹那身に緊張を走らせた。それに気付き咄嗟に引こうとした体を、二の腕を掴み引き留められる。
 ぬるりとした舌に唇をなぞられ、沖田の背に戦慄が走った、その事実がとても悔しくて、薄く歯列を開き彼の柔らかな舌に噛み付いてやる。強張った高杉の腰を強く抱き寄せた。途端抵抗を始めた彼の舌を強く吸い上げ、暴れる体に体重をかけて押し倒した。雑草を踏みしだいて倒れ込んだ彼にのしかかり、鼻をつく草の青い匂いに息を乱した。肩を押す手に眉根を寄せ、僅か顔を離す。キツく睨む瞳を不機嫌に見下ろした。
「っ…に、しやがる」
「知らねーや、てめェが悪いんでィ」
 沖田は高杉の腹に跨がり、己の口許を手の甲で拭った。吸われて紅く濡れた彼の唇がいやに卑猥で、このまま獣にでもなってしまいそうだ。
「はっ…なんでェ。てめェは、俺とヤりてェのか」
 どう見ても不利な体勢の高杉は、唇を歪め鼻で笑った。沖田はぎゅっと眉根を寄せる。
「──もしそうなら、てめェはどうするんでィ」
 低く唸る沖田に微塵も動じず、高杉は肩を震わせくつくつ喉奥を鳴らす。
「さて…ここじゃァさすがに気がノらねーが」
 そういって殊更に首を巡らせ辺りを視線で一撫でした高杉はさして厭う風でもなく、その態度が明らかに行為に慣れているようで沖田はぎゅっと眉を寄せた。
「──そんなら、ぜひここでヤりたくなっちまうぜィ」
 苛立ちのまま冷笑を浮かべると、彼の右目が僅かに見開かれた。直後、沖田は跳ね起き、彼から離れる。膝を空振らせた高杉はにやにやしたまま身を起こした。
「──へェ…」
「なんでィ、別に俺が嫌ってんじゃねーんだろィ」
 ゆっくり体勢を立て直し、沖田は口元を歪める。高杉は小さく顎を引いた。「嫌ではねーが…ちィと気がのらねェ」
 沖田が高杉に拘泥する理由など端からなかった。ないがしかし、これで終わらせたくはなかった。ヤるのヤらないのなどは究極のところどうでもいい。癇に障るという表現が近いのだろうか。
 この沖田の前で余裕をかましているなら、その顔を乱してやりたい。もしかしたら今日は機嫌が悪かったのかもしれなかった。
 ──自覚こそ、なかったけれど心当たりはあった。
 沖田は高杉のカッターシャツの胸元に片手をつき、顔を寄せた。掌の下で脈打つ鼓動に煽られて息があがる。
 こんなときに、こんなところにいるコイツがいけないのだ、と思った。だから、日光の熱さに浮かされて、おかしくなるのだ…と。
 下から沖田を見上げる高杉の右目がふてぶてしく笑んだ。ゆっくりと持ち上げられた左手が沖田の項に回る。緩く引き寄せられ、そのまま唇が重なった。
 知らずぎゅっと拳を握る。
 高杉の白いシャツがくしゃりと歪んだ。
 啄むように沖田の唇を弄び、高杉の右手がゆるゆる沖田の腰を這う。互いの狭間に侵入した手首を掴み、ズボン越しのおきたに押し付けた。軽く見開かれた瞳がすぐに凪ぎ、今度は意図をもってそこを掴まれる。ぢ、ぢ…とジッパーが無造作に下ろされた。下着に触れる手の温もりと外気に今更ながら少しく動揺し、そしてその事実に更に高揚した。
 高杉の唇に舌を這わせ、下唇を甘く食む。
 と、そのとき三限目の終鈴が鳴った。刹那視線を絡ませる。遠くで生徒達のざわめきが始まった。
「…──やはり気がノらねェ」
 むっつりと吐き捨てた高杉は乱暴に沖田を押しのけ、上体を起こす。沖田の高鳴りは未だ収まってはいなかったが、どこか気を削がれて素直に身を引いた。この場でヤり遂げようなどという思いは失せていたが、熱に煽られた思考は欲情を渦巻かせ諦めきれない。
「今から、出ねーかィ。どうせサボるつもりだったんだろィ」
「さて──そんなに俺とヤりてェのか、てめェは」
 どこか呆れを含んだ声音と裏腹に右目は笑んでいて、理由などわからずとも彼がさほど拒んでいないことがよくわかる。沖田は制服を整えながら小さく顎を引いた。
「何故、ときくなァ野暮かねェ」
「高ぶっちまうのに理由がいるのかィ?」
 本来は理由は必要なのだと思う。殊に相手がもし女であったなら、でっち上げてでも必要だった。
 だが高杉はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。沖田の下から離れ立ち上がり、制服の砂をおざなりに払った。
「まァ、ヤらねェとわからねェこともあらァ。尤もそれでわかる保証はどこにもねェし、俺が付き合う義理もねェが」
 嘯く高杉の横顔は、眼帯のせいでさっぱり窺えない。その分視野も欠けているのだろう彼をいいことに手首を無造作に掴んだ。
「義理はねェ。けど、嫌でもねェだろィ」


 真っ昼間から学校を出て、制服のまま朝通った通学路を普段だと有り得ない組み合わせで連れ立ってのんびりと歩く。じりじりと照りつける日差しはまだ高く、アスファルトの照り返しも相俟ってじっとり汗が滲んだ。
「てめェ、金はいくら持ってる?」
「あんまりねェや」
「金もねェのに盛るたァ…なかなか節操のねェ獣じゃねーか」
 喉奥で笑う高杉の纏う空気は凪いでいて、クラスで浮き立つ不良の彼とはどうも完全に一致しなかった。鞄は教室に置きっぱなしで手ぶらなせいか、身の置き所がない気がして、何の変哲もない住宅街の真ん中で、彼の手を掴んでみた。一瞬瞳を見開いた高杉は、やんわりと沖田の手を払い、代わりに手首を掴んできた。
「もうちっとだけ、我慢しなァ」
 あやすような声音が気に食わない。だが、暑さのせいか汗ばんだ掌の感触に、やっぱりどうしようもなく高揚した。
 ややあって案内されたこじんまりしたアパートは、生活感のない高杉が住むにはどうにも庶民的に過ぎるように見えて、何度も彼と部屋を見比べる。
 彼は小さく肩を竦め、足早に中に入った。庭先にちらりと見えた白い着ぐるみをよく見る暇もなく、引きずられるように階段を上がる。入口脇の表札は高杉でなく坂田だったが、扉は高杉の鍵であっさりと開いた。
 突っ込み所が大いにあったが、深くは追求せずに上がり込む。
 室内は煙草の匂いが染み付き、また散らかっていて如何にも男所帯のようであった。高杉のにしては大きなスーツや、銀八がよく着ているのと同じ型の白衣もくしゃりとハンガーにかかっていて、高杉は小さく息をついた。
「散らかっていて悪ィ…まァその気になれなくなったなら仕方ねェ」
「あァ…いや、いいけどねィ」
「この有様の原因は兄貴さ、俺ァちっとは片付けているんだぜ」
 少し気まずそうに言い訳している姿は、今までクラスメイトとして最低限接してきた記憶の中の彼と大きく異なり、良くも悪くも新鮮ではあった。
「てめェの場所はどの部分でィ」「──そこの一畳さ」
 示されたスペースは確かに、他の部分よりは整っているようではあった。だが、参考書と哲学書が綺麗に並べられ、辛うじて腰を下ろすくらいしかできない。
「──銀八と住んでるのかィ」
 そのギリギリの隙間に座り、高杉を手招く。あらがわず寄ってきた痩身を胡座に横抱きに乗せ、腰を撫でた。
「先生…親が亡くなったからよ、上の兄貴に引き取られちまっただけさ」
「ふぅん…で、二人暮らしかィ」
「いや、兄貴がもう一人いる。ヤツのペットも」
 そのときどう考えても一人暮らしサイズのワンルームのアパートの部屋の鍵が回り、白い着ぐるみが覗いてプラカードを見せ付けた。‘桂さんに言いますよ’なんて書かれた文字を一瞥し、高杉はしっしと手を振る。
「──アレが、下の兄貴のペットさ。ヤツさえ気にならなきゃァ金をかけずデキるぜ」
「…へェ…」
 今ひとつ盛れない雰囲気ではあった。
 ただ、まァ…なんというか、図らずも一歩踏み込んだ関係になれた気はした。本来の目的とは違った気もするが、何故か悪い気はしなかった。


2018.9.21.永


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