SOUL
エリーさんが見てる(R15)
 桂には、いつの間にか家族が増えていた。
 それが彼の率いる攘夷党の一員だと紹介されたならば、高杉も一々驚きはしない。以前対峙したときも共に戦っていたのを見た。はたまた恋人だと言われたとしても、趣味の悪さをいっそ憐れみこそすれ、それこそ幼なじみで時折会うと体を重ねることもあるくらいの関係でしかない高杉が口を出す権利はない。
 だが、桂はそれを、ペットだと宣った。ペンギンにも似た謎の布の足元に毛臑をちらつかせるそれを。
 ──いやまあ、どうせ他人なのだから、桂が変な着ぐるみ男にしか見えぬモノをペットにしようが構わないといえば構わない。桂の頭がおかしいのは元々でもあるし。
 だが、街で行き合った高杉を誘い込んだ彼の隠れ家で、いざコトに及ばんとする桂の背後にそのペンギン紛いが鎮座しているのは、いけない。どう考えてもいけない。
「ヅラ…てめェ──」
 長い髪を引っ張り無理やり口付けを振り解く。と、彼は痛い痛いと大袈裟に喚き、ふと瞬いた。
「嫌なのか、高杉」
 するのは、嫌ではないのだ。すっかり穏健派になった桂とでも。だが、エリザベスだとか名付けられたそれに見られてヤるのが嫌だった。しかしそんなことを告げたらまるで恥じらっているようで腹立たしい。
 高杉は僅かにあがった息を気力で抑え、エリザベスを睨み付ける。何の感情も映していない、吸い込まれそうな瞳がそれでも確かに高杉をまじまじと捉えている。
 ──殺してやりたいとすら思った。
 ぎりぎりと音の鳴るほどに奥歯を噛み締め、刀に手をかける。邪魔だてするなら桂ごと、しかしその手を押さえられた。
「高杉、あれは思想も何もない。ただの俺のペットだ」
 知ったことか、そんなに大事なら隠しておけと。そう言うつもりで開いた口は、桂の真摯な瞳にあてられたか、予定外の音を紡ぎ出した。
「俺よりも大切だってェのかい」
 しまった、と思ったが既に遅い。桂の瞳が大きく見開かれる。
「た…か、すぎ…」
 愕然と震える桂はすぐに、凄まじくも熱烈に高杉に抱き付き、その衝撃のまま畳へ押し倒された高杉は後頭部を畳へ強かに打ち付けた。しかし桂はそんなことまで気を回せぬらしく、高杉の髪を撫で額に唇を落とす。
「エリザベスがいくら愛しくとも、俺は貴様としか性交したいとは思わぬ。だから、悋気を鎮めてはくれぬか、高杉」
 しかしそれに絆されることはできなかった。かき口説く桂の背後で黄色い嘴が音もなく開き、高杉目掛けぺっと唾が吐き出された。
 瞬間、高杉は桂を押しのけ柄を握ると目にも止まらぬ早さで抜刀した、その二の腕に頭のわいた桂が取り縋る。
「止めるな、ヅラ。アイツぁ今、俺を小馬鹿にしやがった」
「そう見えたか、あいすまぬ高杉。しかしあれは知性もない生き物、ペットの粗相は飼い主の責だ。俺に免じて目を瞑ってはくれぬか」
「ならあれを今すぐ、俺の目に触れねーところへもっていきやがれ」
 いがみ合う二人に飽きたのか、エリザベスはのっそり立ち上がりぺたぺたと出て行った、その際に人間の男のものとしか思えぬ毛臑を高杉に見せ付けながら。
 ──あれがペットだというのか。ペットというのは一般的な、子供でも知っている意味とはまた違う高杉も知らない隠語なのだろうか。高杉としか性交したいとは思わぬとか耳障りのいいことを言いながら、桂はあれと自分を天秤にかけているのだろうか。
 そう思うと、高杉とて桂が唯一の相手ではないのに気分が悪い。高杉と会わぬ間囲っている者に、自分を連れ込むときだけ謎の着ぐるみを強制しているような、そんな想像をごく自然にしてしまえたから、余計に。
 高杉は未だ自分の腕を掴んだままの桂を振り返り、その真っ直ぐな瞳を見据えた。
「──ヅラ」
「ヅラではない、桂だ」
 漸く常の調子を取り戻したらしい桂に、遠慮など必要ない。
 閨でだけ見せる濡れた瞳などとは決定的に異なる、野望にぎらつく侍の目力で睨み据える。
「俺だけにしておけ」
「…? 俺にはもとより貴様だけだ」
 騙されてやる気にもなれなかった。噛みつくように重ねた唇の主導権は、すぐに奪われた。


2015.6.26.永


1/3ページ


あきゅろす。
無料HPエムペ!