SOUL
越冬燕(R18)
 万事屋銀ちゃん…なんてふざけた看板を横目に、高杉はゆったりと昔馴染みの店の前を通過する。今すぐどうこうする気はないが、必ずや跡形もなく壊してやる、と決意を新たにしたところで。
「よォ」
 店のすぐ脇、ゴミ捨て場に通じる路地の入り口から覚えのある声がかかった。
「随分と物騒な気配垂れ流してやがるじゃねェかィ」
 非番なのか、薄い色の着物を纏った沖田が冷笑を浮かべ手招いた。
「てめェにゃァ言われたくねーぜェ」
 くくっ、と肩を揺らし忍び笑う。そうして敵方に所属する若い燕へ歩み寄った。
 ──自分達がこんな関係であるなど、人に知れたならば高杉はともかく沖田は間違いなく、物理的に首が飛ぶだろう。年齢の割に大人びて計算高い彼がそれに気付いていないはずもない。
 沖田は高杉の手首を無造作に掴み、強く身を引き寄せる。至極当然の如く腰に片手を回され、万事屋銀ちゃんのすぐ隣、僅かばかり影になった路地で、編み笠を沖田の頭部に押し上げられて真っ昼間から唇を重ねた。
 高杉は、ちらりと素っ気ない外壁を一瞥し、右瞼を緩く閉ざす。
「ん…」
 唇を割って侵入してきた舌に自らそれを絡ませた。
 腰を抱く手に誘導され、背を銀時の店の入った建物に押し付ける。膝頭が内腿の間へ割り込んできた。
 牽制と挑発を綯い交ぜに袴の上からおきたを鷲掴む。確かに芯を持ったぬくもりに、高杉の最奥が微かに疼いた。しかし、さすがに場所が悪過ぎる。
 沖田の胸元まで持ち上げた手でそっとその体を押しやる、と僅かばかり唇が離れ、近すぎてうまく焦点の合わぬ沖田がニヤリと笑った。だがその眼は笑っていない。
「旦那に遠慮してんのかィ」
 遠慮ではない。これは矜持の問題だ。
「何だい、妬いてやがるのか」
 ぴくっ、と沖田の片眉が持ち上がった。直後着物の上から双丘の狭間を逆撫でられる。
「──思い当たることでもあんのかィ」
 あるはずもない。
 しかしそんなことはおくびにも出さず、高杉は沖田の首筋に手を這わせ、ねっとりと頬へ向かい撫で上げる。唇に指先が触れたと思うと強く噛み付かれ、内腿を膝で強く押し広げられた。稚い悋気に高杉は目を細め、あらがわず右頬を未だ滑らかな頬に擦り寄せる。
「ヨソ様に見られちまわァ」
 沖田の項に前髪が散り掛かった。
「てめェがデカい声出さなきゃ、誰も来ねーや」
 はだけた下肢から、いよいよ性急な指先が忍び込んできた。
 褌の結び目を探る、剣ダコのある手を好きにさせながら高杉は、笠を足元に落とし着物の襟から見え隠れする辺りを狙い、首元へ唇を寄せる。
 意図を察したか、僅かに傾けられ差し出されたそこへ強く吸い付いた。
 高杉の褌が静かに舞う。そっと唇を離しても確かに色付く鬱血に目を細めた。
「──高杉」
「あ?」
「組は、風呂も共同なんだぜィ」
 咎めるでもない音に笑みを返す。後腔の縁を妖しくなぞる指先に息を震わせた。
「そりゃァいい。見せつけてやりなァ」


─ ─ ─ ─ ─


 ぺろりと舐めた指先を体内へ侵入させる、と高杉が息を詰めた。
 意に介さず手首に彼の着物の裾を纏わせゆるゆると抜き差しを繰り返す。
 内壁が柔らかさを増すにつれ、首元に額を押し付けた高杉の呼気が熱く乱れ沖田の胸元を嬲る。
 足下に落ちた彼の笠に、もどかしげに身じろいだ高杉の草履が触れ小さな音を立てた。
 沖田の着物の脇で高杉の指先が、強く握られる余り白く血の気を失う。耳元に口を寄せ耳殻を淡く食んでやると一度大きく背を震わせ、がくりとその腰が砕けた。縋るように抱き付かれ、体重をかけられる。気を抜けば諸共に倒れてしまいそうな確かな重みと、忌々しい笑みを象る余裕も失った様が堪らない。
 向けられた欲に潤む瞳を見返し、唇を重ねる。腹側にある胡桃大の痼りを撫でてやると、甘く濡れた音が口腔をくすぐった。
「ッ…お、き──」
 熱い息が絡む。
 ──これが、近藤に対する裏切りであることくらい、知っていた。言い逃れることすら不可能であることも。
 以前、たった一度。相も変わらず口元に笑みを掃きながらもどこか怯えた瞳をした高杉に、言われたことがある。俺と共に来ねーか…と。
 彼との関係を断ち切れぬならば、あのとき拒絶も受諾もしなかった誘いを受けるしかないなど、痛いほどに理解していた。
「──沖田…?」
 高揚に目許を潤ませ、息を乱した高杉が訝しむ視線を向けた。
 その体内に深々と沖田の指をくわえ、色事好きな彼にしては珍しく渋ったくせに沖田の欲にあらがわず──沖田は噛み付くように高杉の唇を塞ぐ、と同時に指を引き抜いた。途端くずおれかけるのを片方の内腿を掴み引き留める。袴を足元にまとわらせ小さくひくつく後腔へおきたをあてがうと、強く背を抱かれた。
「ん…っ──」
 日頃は不遜にふんぞり返り口元にニヤニヤと笑みを絶やさぬ彼が、切なげに眉を寄せ、濡れた息をしとやかに零す。どこか気品を保った姿態も、待ちかねたようにまとわりつく内壁も──逢瀬を重ねれば重ねるほどに、深みに嵌まっていく。
 抗い難い深淵に飲み込まれ、そこに希望の光など見出すことはできないのに。自ら崩壊へ突き進む高杉が在るというだけで狂おしいほどに欲してしまう。
「は…あ、あっ…」
 高杉の体重をも利用し、深々とその身をおきたで串刺す。たまらぬように打ち振られた髪が板壁に触れ軽い音をたてた。
 踏みつけられた沖田の袴がさらさらした砂に塗れる。
 高杉の顎を掴み、そっと唇を重ねた。閉ざされた睫に水滴が煌めき、熱い呼気を纏った舌が擦り寄せられる。苦い煙草の味の染み付いたそこに夢中になって吸い付いた、瞬間。
「なーにやってんですかァ、人ん家の隣で」
 覚えのある気怠げな声が路地の入口からかかった。沖田はとっさに高杉を自分の肩口へ抱き寄せ、銀時の視界から彼を最大限隠す。
「旦那こそ何やってるんですかィ、お楽しみを邪魔するなんざァ粋じゃありやせんぜ」
 口元に笑みを掃き、柔らかな髪を撫でる。高杉は沖田の着物の袖を掴み、いつもはこなれた態度を魅せる内側まで強ばらせていた。
「邪魔ってね、ここはホテルじゃねーんだよ」
 高杉は沖田を盾に顔を伏せたまま小さな呻きを漏らしずるりと結合を解く。
 沖田は片眉を持ち上げ、高杉の足から外した手を互いの狭間に滑らせ彼の下肢の着物をかきあわせてやった。
 そうしながら首を傾け振り返り、銀時を見やる。
「興が削がれやした、旦那があんまり無粋なんでねィ」
「沖田くん、誰を隠してんの」
 挑発的な物言いも耳に入らぬように、銀時は常と変わらぬ気怠い口調で瞳を僅かに煌めかせた。沖田の腕に身を寄せた高杉が不穏な気配を纏う。表情こそ窺えないが、きっと楽しげな笑みを浮かべているのだろう。
 しかし、沖田がわざとその臀部を鷲掴んでやると高杉の殺気は微かな声と共にあえなく霧散した。
「旦那…俺ァ──アンタとしばらく会えなくなるかもしれやせん」
「へェ…?」
 高杉が大人しくなった代わりに、銀時の気迫が増す。白夜叉の名に相応しい圧を背に感じながらも、沖田は高杉の尻をゆるゆる撫でた。
「腹ァ極めた。──行ってやらァ」
 端的に呟く最中、近藤や姉、土方や山崎の姿が走馬灯のように脳裏を駆け抜ける。
 高杉が息を飲んだ。


2014.8.18.永


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