SOUL
連載桂高
 付き合いが長い分、高杉の、おそらく人には見られたくないだろうところをいくつも見てきた。だがそれは桂も同じであったから、きっとお互い様なのだろうと思う。しかしこの期に及んでこれは見たくなかったな、と桂は天井を仰いだ。それは刹那の現実逃避にはなっても、幾分見慣れた隠れ家の低い板張りの天井を眺めたところで別段救いになりはしない。それに、彼を視界に入れぬことで彼らしくもない臭気がより鮮明に感じられるようで、桂は諦めて招きもしない己の寝所で布団を吐瀉物塗れにして俯せに倒れた高杉の肩に手をかけた。坂本でもあるまいに、彼が吐くほど飲むなど珍しい。しかしその珍行為を、先日喧嘩別れしたばかりの桂の唯一の布団の上で実行されては彼らしくなさを笑っていられない。
「高杉、どうしたのだ貴様らしくもない──起きられるか?」
「ん…」
 汚れた顔を上げた彼は、やはりというべきか相当に酔っているようだった。彼が動くとつんとした胃酸の匂いが鼻をつき、貰いゲロしそうになる。それを気力で堪えるためにも息を止め、助け起こそう──として思い留まり、先に袖を抜いた。一張羅を汚されては堪らない、ただでさえ最小限の荷物で転々と住処を変えて暮らしているのだから。
 上半身裸になった身に抱き寄せた彼は、少し痩せたようだった。もっと肉付きの良い方が抱き心地がいいのだけれど、昔から一向に太る気配はない。筋肉と骨の硬い体を、何を好き好んでか幾度も抱いたのは、彼が彼であったからで、互いの間に確かにあったものは今も尚燻ったままだ。
 小さな湯殿で身ぐるみ剥いで、体に纏わりつくものを洗い流す。久しく忘れかけてすらいた欲求に雄が疼くようで、小さく深呼吸を繰り返した。高杉は目を半分開いたものの、はっきりと目覚める様子はなく、一体どれほどの酒量を重ねた結果か検討もつかない。
 どうにかこうにか余計なことをせずに身綺麗にしてやり、ドロドロの着物をまた着せるのもしのびなく己の着物を羽織らせる。
 このやたらと上等で派手な着物を、洗っておいてやるのがきっと親切というものなのだろう。しかしその前に布団をどうにかしなければいけない。こんなときに限ってエリザベスはどこかに出かけているし、間がいいのだか悪いのだかわからない。
「高杉、少しここにいろ。座っていられるか?」
 仕方ないので座椅子に凭れさせ、返答も待たずに寝室の布団を剥がしにかかる。鼻をつく吐瀉物の香りは決して心地いいものではない。なるべくブツを零さぬように表を内にして丸め、洗濯場へ運ぶついでに窓を全開にした。シーツは洗濯機に任せられても、布団まではそうもいかない。しかも今宵の布団がない。エリザベスの寝具に転がり込むという手はあるが、彼が帰ってきたきたとき困るだろう。
 汚れ物をひとまず置いて高杉の元へ取って返し、座らせた姿勢のままでぐったりと座椅子に凭れた彼を見遣る。
 外に宿を取るのは資金の無駄遣いでもあり気が進まない──が、この状況でも彼を引きずって行くのが得策だろうか。高杉は少なくとも今は座位を保てている。
 ひとまず布団を洗ってしまうことにした。


2022.6.26.永


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