SOUL
13
 世界は、どんどんと荒れていった。真選組のような脳筋警察にも分かるくらいにはっきりと。これは、高杉が世界を壊すという野望を成し遂げようとしているというよりは、元々危うい均衡で成り立っていたものが限界を迎えたように思われた。結局、いずれは瓦解していくしかないものだったのだ、と。そんな危うい世界で、ついに真選組も幕臣ではなくなった。上からは馬鹿にされ、民には煙たがられていた武装警察は、結局のところ体良く首を切られる捨て駒で、これまでの功績よりも何よりも、最終的に罪を被って散っていったなら、雲上人の思う壷なのだろう。だからといって、近藤がその立場に甘んじることを許すような仲間ではなかった。近藤は仲間を愛していたけれど、高杉と人目を憚る関係になってしまっていたのもまた事実であったから、幕府が人身御供を欲するというならば自分の命を差し出すくらい些細なことだと感じていた。大切な仲間達は市井に潜り、どうにかこうにか生きていくことはできるだろう。近藤さえ腹を切れば全てが丸く収まるというのならそれでいい。──そう、思っていたのに。諦めの悪い仲間達は、近藤を救うための戦いに身を投じ、幕府を敵に回しているという。桂は身を挺して近藤の元まで来て、攘夷思想を説いてくれた、おまけのように高杉の消息を付け足して。牢の中で絶望する気配もなく片目を瞑ってみせた攘夷党党首は、一体何をどこまで悟っているのか測りしれず、少し背筋が冷えるけれど、それ以上に胸が温かくなった。たかはまだ生きていて、戦っている。彼を支えてくれる鬼兵隊も、快援隊も存在し、攘夷党だって手を取り合うことはできなくても気にはしている。顔を突き合わせたら喧嘩になるとしても、それはこれまでの桂と真選組の関係と大差ないと言えばない。ここで近藤が腹を捌いてもただの犬死であり、桂が腹を切るのと同様大きな損失である。元の地位に拘らないなら、ここで逃げて大義を成す方がずっと国の為になる──のだ、と。
 桂は一々言うことが大きく、また常識では計り知れないところはあるが、それでもその言葉は謎の説得力を伴っていた。この男が幕府と異なる考えを持ち活動をしているのだから、国の中枢に警戒されるのも当然である。
 そして、その国の中枢を占める機関に見捨てられた下っ端幕臣であった近藤は、この男に乗せられてしまうことにした。武士として死ななければならぬときというのは存在すると思うが、別にとても死にたい訳ではない。もし、今、自分が死ぬことが仲間や高杉や江戸のためにならないのなら、わざわざ擲ちたくない程度には生に未練がある。
 高杉は、きっと彼のやるべきことに忙しいのだろう。それでも、生きていればきっといつかまた会えるだろうし、会えたなら積もる話もたくさんある。高杉も近藤も揃ってこの動乱の世を生き抜いて共白髪になるなんてことはきっと有り得ないが、生きてさえいればそんな夢を見ることはできる。もし現実にできたなら、10年や20年の余生では語り尽くせないほどに彼と話したいことがあった。つまらないことでも、大事なことでも、とかく互いの立場に気を遣って話せないことが多すぎた。それでも、もし生きて余生まで辿り着けたら、若い頃のしがらみなどもう気にする必要はない。並んで座って縁側で茶でも飲み、互いに皺だらけになった顔で笑い合い、そして手のひとつも握っていられたらきっと幸せだろう。
 動乱に見舞われた国を救わねばならないからといって、戦いの終わった後の幸せを思い描いていけない法はない。一人でも多くの民がそんな幸せを手に入れられるように戦うのだから、自分だってそのお零れを夢見たい。
 でも、高杉はきっと、最後の戦いで散るつもりなのだろう。真選組がそんなところで散るわけにはいかないから、近藤は高杉のいなくなった世界でその先も生きていかなければならない。ずっと関係を秘匿し、頻繁に会う訳でもなかったから、彼がいなくなってしまえば近藤に残されるものは何も無いのに──
 ものに縋らなくても、死者はずっと心の中に生きているとは思っていた。故郷のジジイも、散っていった隊士も、みんなみんな近藤の中に今も尚息づいていて、必要とあらばこんなときアイツならどうするだろうと助言を求めることだってできる。
 だが高杉は、もっとずっと遠い気がした。高杉とは体を繋ぎ、ある意味では誰よりも肉体的に深く関わったのに、そして心もまた寄せ合っていたと確信しているのに、それでいて尚、近付けてはいない気がしていた。どんなに現世で深く関わっても、彼が死者の世界に踏み込んだらきっと、近藤のことなど顧みず地獄へ走り去ってしまうだろう。逆に近藤が先に死んだって、彼はすぐに野望にのめり込み近藤の記憶を埋め込んでしまうのではないか。それが今になって少し寂しい。

2021.9.4.永


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