SOUL
5(R15)
 目を覚ましたときには、正午を過ぎていた。高杉はいつの間にか腕から抜け出したらしい、浴室から水の音がしている。煙草も着物も見えるところに置いたままで、彼の気配を濃厚に感じる空間に胸の内が温かくなった。
 ふと、思い付いて煙管に手を伸ばす。容易く折れてしまいそうな華奢な羅宇をそっと摘み、目の高さに持ち上げた。
 まだ高杉が戻って来そうな様子はない。
 そっと吸い口を唇に押し当ててみた。ひやりと硬い金属は、高杉の唇とは似ても似付かなかったけれど、ここにいつも彼が口をつけているのだと思うとぞくぞくしてそっと舌先を這わせる。染み付いたような煙草の苦味が思考をじりじり痺れさせ、そっと深く息を吸い込む。火の点いていない煙管の内を幾度も通過した煙草の香が肺に侵入し、小さく喉が鳴った。
「──何を遊んでやがる。そりゃァ玩具じゃねェぜェ」
 と、何時の間に戻ってきたのかすら気付かぬくらい夢中になっていたらしい。笑みを孕んだ声が存外に近くで聞こえてぎくりと大きく肩が跳ねる。
「っ…高杉──」
 そっと吸い口から唇を離し、恐る恐る振り返る。肩越しに伸ばされた手がそっと近藤から煙管を取り上げた。
「──犬でもあるめェし、匂いにでも惹かれやがったか」
「っ…ん──そうだな、どきどきした」
 素直に頷くと高杉も満更ではないようで肩を震わせ笑う。ちょいちょいと煙管の先で招かれ、誘われるままに唇を重ねた。高杉の唇は煙管と違って熱く柔らかく、しかし染み付いた味は少し似ていた。
「ん…」
 そっと舌を差し入れ緩く歯列を探る。開かれた口内に引きこもった舌に舌を擦り付けた。
 高杉の腰を支えるように抱き、濡れた音をたて口内を隈無く味わう。
 少し寄せられた眉に、微かに漏れる声に、欲を煽られるようで頬が火照った、と額を掴まれ乱暴に押しのけられる。
「せっかく風呂に入ったんだぜ、俺ァ。てめェも一風呂浴びてこい」
「もう一回汚れても一緒じゃないか」
「一緒なわけあるめェ。俺ァ腹が減ってるんだぜ」
 きっぱり拒否され、渋々そそくさ身を離し浴室へ入る。叱られるのも、こんな風にじゃれあうのも楽しくて、当たり前の恋人同士であるような錯覚すらしてくる。誰からも祝福などされなくても、ただ互いを見つめ頭に花を咲かせていることが許される関係であるような気がする。
 浴室の戸を閉め一人きりになると、ほうっと甘い溜息が漏れた。 誰にも言えない関係だけれど、いやだからこそ胸の内の炎はめらめらと燃え上がり、尽きる気配がまるでない。吐き出せない想いだからこそ心の臓を引き絞り、肺が苦しくなって、また高杉に会わないと息を吹き返せないような気さえしてくる。そうして実際に会えたなら、楽になるどころかますます恋しくなって、離れたときのぶり返しも大きくなる。湯を浴びている間を待っていてくれるつもりであるだろうと、それを信じられることが嬉しくて、本当はもっとずっと一緒にいないと駄目になりそうなくらいだ。
 高杉の残り湯を使い、ばしゃばしゃと汗を流して水滴を拭うのもそこそこに部屋を覗く。高杉は近藤を一瞥し、呆れたように片眉を持ち上げた。
「逃げねェからちゃんと拭いて来い」
「うん、早くツラが見たくてさァ」
 ばたばたと脱衣所に戻り、乾いたものではなく高杉が使った後の湿りを残したバスタオルを取った。さして残っているわけでもない香を嗅ぎ取り、ごしごしほわほわ体を拭う。少し変態じみている自覚はないこともないが、タオルの共用は実はずっとしてみたかった。だって、なんだか家族みたいではないか。彼の口の触れるものはいつだって吸ってみたいし、なんなら高杉の褌になってみたい。
 思わず息を荒げてタオルの匂いを嗅いでいると、無造作に脱衣所の戸が開けられた。
「まだかかるかい」
「っ…い、今行くっ…」
 高杉は少し目を眇めて己が使って湿ったタオル…と判別しているかは定かでないがタオルに顔を埋め深呼吸を重ねる近藤を見、いつも緩く着付けすぐにでも外出できそうな胸元を少し整えた。その間も視線が全く外れないものだから、もそもそと下帯を身に付ける。


2021.8.15.永


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