SOUL
桎梏(R18)
 男が命を懸けてやることに、口を出してはいけないと思っていた。なぜなら、沖田だってそうされたくないからだ。高杉がどんなに大事であろうと、沖田は近藤のためにこそ命を懸けるし、その前に高杉が立ちはだかるのであれば斬るのもやむを得ないとすら思っている──勝てるかどうかはさておいて、だ。
 だが、そのやることがそういう方向に体を張るのではいけない。いくら目を瞑ろうと思っても、腹の中で渦を巻く憤りを押さえ込めない。
 だから──夜半、巡邏をサボってふらついていた歓楽街の路地裏で、男に腰を抱き寄せられても抵抗すらせず身を寄せてみせた高杉に、斬りかかってしまったのだ。
 男に抱かれた高杉は、沖田に対するときのようにとろけた表情はしていなかった。そして男は、名の知れた情報屋だった。
 高杉がとんでもない野望を抱いているのは知っていた。それら全てを勘案してもなお、彼が自分以外の誰かに身を任せるのが赦せなかった。
 とっさに男を突き飛ばし、抜いた刀で沖田の斬撃を受け止めた高杉は流石である。だが、それが間男を庇い立てする姿にしか見えない現状は如何にも面白くない。
 甘い気分も吹き飛ばされ板壁に叩き付けられた情報屋もそれなりに荒事に慣れているのだろう、すぐに体勢を立て直し懐に手を入れたところで、あれ、と間の抜けた声を上げた。
「沖田じゃねーか。マジかよ…高杉さん、わざとイロを呼んだんじゃねェだろうな」
「そんなわけあるめェ」
 沖田が情報屋に斬りかかれないよう体と刀で庇いながら、沖田に真っ直ぐ視線を合わせ高杉は苛々と唸る。彼の緑の瞳は、ここは退けと命令していた。その方がいいのは沖田とて理解してはいた。だが胸の内にぐるぐる渦巻く苦い思いがそうさせてくれない。
 ぎりぎりと鍔迫り合い、しかし片手で受けた高杉に押し勝てない。高杉は小さく舌を打った。
「仕方ねェ、高杉さん。俺ァ退散させてもらうぜ。男を尻に敷けたらまた売りにくらァ」
 そうこうしているうちに間男が逃げてしまい、高杉は大きく息を吐く。剣呑な色を孕んだ、しかし殺気のないどこか呆れた瞳で沖田を睨み、高杉が低く唸る。
「沖田、刀を引け。俺ァてめェと殺り合う気はねェ」
「──アイツと何してやがったんでィ」
 沖田はぎゅっと刀を握る手に力を込め、ともすれば動揺に揺らぎそうになる切っ先を意志の力で抑え込む。沖田が刀をおさめないものだから高杉も引けず、峰を寄せ合ったまま、その割に殺気のない瞳で睨み合った。
「何もしちゃいねーよ、見てたんだろォ。俺ァヤツに話を聞いていただけさ」
 呆れた声音をふと宙に途切れさせ、高杉は毒々しいほど紅い唇で囁いた。
「それとも──本当に悪ィこたァしちゃいねーのを、確かめてみるかい」
 沖田は薄く唇を開いてはっと息を飲み、一歩下がって刀を鞘におさめる。高杉も本当に戦う気はないらしく、すぐに黒刀が腰に戻された。
「いつも悪ィことはしてるんだろィ」
「しちゃァいねェさ…てめェを裏切るような真似は、なァ」


 出逢い茶屋に縺れ込むように連れ込んで、彼にのせられていることはわかっていたがだからといって止まれはしない。奪うように唇を重ね、弱点だと知り抜いた上顎の内側に舌をねじ込み舐る。案の定鼻にかかった声を漏らした高杉はあえなく沖田の二の腕を縋るように掴み、小さく足を震わせた。
 掴まれているのが隊服なものだから、とても悪いことをしている気がしてくる。握り込まれて白くなった指先が仄暗い灯りの中隊服にとても映えて見えて、堪らなくなってヤるためだけに置かれた褥に押し倒した。
 しどけなく裾を乱れさせ、少し息を上げて高杉はその口元を手の甲で拭い、小さく喉を鳴らして笑った。
「いいぜェ、どこでも確かめてみなァ」
 そう言って自ら下肢をはだけようとする手を捕らえ、喉元に唇を寄せる。喉仏の膨らみを舌でなぞり、皮膚の破れぬ程度に加減してぎゅっと噛み付いた。
「っ…」
 小さく背を震わせても急所を押さえられては逃れられない。半ば本能的に身を強ばらせた彼の胸元から手を差し入れ、上体を露にした。
 久しぶりに目の当たりにした体には、知らない傷が増えていた。しかし何をも言わず無防備に身を晒し、どこか濡れた瞳でじっと沖田を捉えるものだから、沖田も言葉を無くして生唾を飲み下した。
 浮気をされていた、と思ったわけではなかった。彼は彼の目的のためには手段を選ばぬところがあるから、もしかしたら貞操は失っているのかもしれない。でも、心まで捧げたのは沖田にだけなのだろうと確信していた。──沖田が、高杉に対するのと同様に。
「──高杉…」
 零れた声は低く呻く、獣のようだった。
 高杉は沖田に手を差し伸べ、頭を掴み抱き寄せる。引き寄せられるままに肩口に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。覚えのある刻み煙草の匂いがして、胸がぎゅうと絞られるようだった。
「何が見てェ、お坊っちゃん。なんだって見せてやらァ」
 低くあやすような声音が堪らなくて、ゆっくりと瞬いた。
 顔を上げ、歪な弧を描く高杉の唇に唇を重ねる。帯をずらし、着物の前身頃を大きくはだけた。いつも余裕なく抱き合う彼の、素裸さえもしかしたらちゃんと見たことはないかもしれない。
 帯をもどかしく抜き取り、着物と纏めて布団の外へ蹴り出した。刀だけは少し丁重に、枕元に寝かせてやる。
「──沖田ァ…」
 褌一枚にされて、体は色んな荒事の結果傷だらけで褥に横たわった高杉は美しかった。
 これが全部自分のものなのだ。彼自身がそうあろうとしてくれている。
 高杉は、どんなに思想が異なろうとも、沖田のものなのだ。沖田だけの。
 唇を噛み付くように重ねた。煙草の苦い味のした、しかしどこか甘い舌を夢中になって吸い上げた。
 今更改めて暴くものなど、きっと何もない。彼は彼なりに沖田に全てを晒していた。
 足の間に腰を割り込ませ、最奥を撫でる。そこが濡れ綻んでいないというそれだけの事実が嬉しくて、胸の奥が熱くなった。
 しかし高杉はそうは受け取らなかったらしく、少し焦ったように沖田の肩を押してくる。渋々少し唇を離し見下ろすと、高杉は右瞳を欲にとろかせ、紅い唇を唾液に濡れ光らせて小さく呻くように沖田に縋った。
「いきなりは無理だぜ。今宵はそんな予定じゃなかったからよ」
「──わかってらァ」
 何もわかってなどいなかったが頷いて、素直に手を引き指先を舐る。そうして改めて硬く窄まったそこに触れると、高杉はそれ以上は咎めずに瞼を伏せた。
「っ…」
 深い息を吐こうと腹筋が動く、慣れた姿態に高揚し、そしてはじめから全てをもらえなかった年の差が悔しい。
 つぷりと侵入させた指は熱い粘膜に食い締められた。慣れている内部の感触をあしらい、手首を返してぐるりと円を描くように内壁をなぞった。
「っ…は──」
 息を吐き、そこを緩めようとしてくれる仕草が逆に面白くない。腹側の痼りを指先でぐりぐりと抉ってやった。
「あ、あ──」
 堪らぬように声を上げ、そうしてそれを恥じるように唇を引き結ぶ。しかしそれも長くは保たず乱れた呼気が零れる。
 濡れた隻眼が真っ直ぐ沖田を捉え、悔しげに眇められた。
 いくら強い瞳をしてみても、足を大きく開き体内の弱いところを思う様なぶらせてくれている。 高杉の唇を唇で塞ぎ、舌を擦り寄せて苦味の染み付いた口内を探る。指先に体内の胡桃大の痼りを挟み、揺するように刺激すると、下になった彼の体が痙攣するように跳ねた。
 彼の予定を台無しにしている自覚はあった。それでもそれを許容しているのが、彼の想いの深さの証だった。わざと邪魔立てする気はないけれど、たまにこうして漏らした我が儘を受け止めてくれるのは、甘い言葉のひとつも交わさなくとも想いあっているからだ。
 焦らすように丁寧に、内側を馴らしていく。据わった瞳が沖田を睨んだ。
「ヤるなら、早くしやがれ…」
 じれた声が耳に優しい。急かすのは、きっとこの後に計画があるからだろうと頭のどこかでは思うが、それ以上に求められている実感が胸を満たす。
 指を楽々三本くわえたそこから手を引き、膝の裏を掴んで足を抱え上げる。高杉は欲にぐっしょり濡れた右瞳で沖田を捉え、小さく息を吐いた。腹筋が何かを期待するように戦慄き、晒された後腔の入口がひくつくのが見える。
 喉が鳴った。
 高杉の手がゆっくりと伸ばされ、沖田の首に絡む。引き寄せられるままに唇を重ね、おきたを彼の内へじりじりと食い込ませた。
「っ…ん…」
 彼の熱い息が唇にぶつかる。呼気ごと吸い上げるように舌を絡ませた。
「っ…は…あ──」
 肩を喘がせ、胸を大きく上下させる高杉の頭を抱き締めるように口内を舌で探り、最奥までねじ込んだ。熱い内部は高杉の乱れた呼吸につれて収斂し、おきたを絶え間なく刺激してくる。額に汗がじわりと滲んだ。
「──たかすぎ…」
 掠れた声は甘えた響きを孕んでいて、どこか稚い。己の幼さが強調されてしまった気がして小さく舌を打ち、彼の腰を鷲掴んだ。意を察して息を整えようとするのを待たずに大きく動き出す。堪らぬように溢れる声は、普段の彼よりも余程高く、甘い。それがとても耳に心地良くて、彼が好きなところを狙って幾度も突き上げた。内部が痙攣するようにおきたを締め上げ、絡みつく。
 素肌にしっとりと汗が滲み、熱い腕が沖田の首に絡められた。
 濡れた瞳に真っ直ぐ焦点を合わせ、噛み付くように口付けた。

 行為が一段落する度にそっと離れようとする高杉を捕まえて、矜持からか決して弱音こそ漏らさぬものの嬌声もすっかり掠れてしまった頃、白々と夜が明けた。
 結局朝まで互いに貪り合ってしまい、高杉は幾分顔色を悪くしてのろのろと身を起こす。今度は沖田も引き止めず、横になったまま布団の周囲を探る高杉をじっと見上げた。朝日のまだ薄暗い光の中、稍あって刻み煙草を着物から取り出した彼は、沖田を一瞥して何も言わずに煙管に火を入れた。ぼ、とマッチの小さな炎に照らされた高杉の疲れた顔をぼんやり眺める。
 ころりと寝返りを打ち、腰に頬を擦り寄せた。
 高杉はゆっくりと煙管をふかし、面倒そうに沖田を流し見た。疲労が色濃く滲むのを隠しもしない表情が逆に色香を増し、そそられる。
「もうしねェぜ」
 それを察したのか釘を刺した声は掠れていた。
「──あァ…今日は、もうしねェ」
 ゆるゆる頷き、尻臀に擦りよった。高杉は何も言わずに紫煙を吐き出した。
 こんなに穏やかな時間は久しぶりだ。互いに忙しく、また高杉も人目を憚っているとも思えないが朝まで共にいてくれることなどまずない。沖田だって巡邏中だったり、外泊許可を取っていなかったりとなかなかゆっくりはできない──というか、今日だって巡邏の最中だった、空が白んでくるまでこうしてべたべたしていて良い訳はないのだ。
 鳥の声がする。
「──いいのかい」
「…もうちっと、だけ」
 高杉の尻に顔を押し付け、幾度も瞬く。気を抜けばこのまま眠ってしまいそうだ。指名手配犯の尻枕でうたた寝するなど、仲間だけでなくどこにも顔向けできない。それでも、とても心地良く幸せだった。
「──沖田ァ…」
 高杉もまた、どこか眠気を誘うような低く甘い声を出す。
 そのままつい、とろとろと微睡みかけたとき。
 沖田の携帯が鋭い電子音を奏でた。
 びくりと身を強ばらせ、高杉を見上げる。高杉は少し不機嫌な顔をして沖田を見下ろした。
「──出ねーのかい」
 動かぬ沖田に、高杉は甘い声で囁いた。そう言われてしまうと余計に出たくはなくなるけれどそういう訳にもいくまい。
 沖田は小さく舌を打ち、がばりと身を起こすとぐしゃりと脱ぎ捨てられた隊服のポケットから二つ折りの携帯を引っ張り出した。表示されているのが‘土方’の名前なものだから、ますます出たくない。
 沖田は隊服を放り出し、不機嫌露に通話ボタンを押す、とすぐに土方の怒鳴り声が響いて機械を耳から離した。叱責の声を断片的に捉え、被せるように今から戻ると通話口へ吐き捨て電話を切る。
 じっと黙って見ていた高杉の顎を掴み、奪うように口付けた。
「ん…」
 何も言わずに右目を閉ざし、口付けに応えてくれる高杉を、本当は置いて行きたくなどない。近藤の下で働きたい思いがある以上、このまま出奔するわけにもいかないが、それはそれとして今別れたら今度はいつ会えるかわからない。いつだってギリギリのところにいる高杉を、沖田もまたギリギリで慕っていた。だからこそ喧嘩別れにはならぬように互いに努力していたと思う。
「──そんなツラぁするんじゃねェ」
 髪を撫でてくれる手は、今はまだ温かい。


2020.5.9.永


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