SOUL
2
 ふと雨の中傘もささず無防備に濡れる私服の近藤に目を向けた高杉は、紅桜をうつに相応しい刀匠を初めて訪ねた帰りであった。漸く己が野望を果たす端緒になりうる武器を作れるだろう男を発見し、人心を惑わす言葉で堀から埋めるように説得し、どう賽が転がるかを天に任せて時を置き、後日また来ると言いおいた後だった。
 降りしきる雨は弱まることなく、他人の軒先に佇んでいても足元に飛沫が散る。軒を借りられている家人はもう寝静まったか、咎める者とてない。
 高杉には力が必要だった。力さえあれば、銀時が先生を斬らずとも済んだ。いや、もしかしたら先生が捕まることさえなかったかもしれない。幼さも若さも、何一つ言い訳にはならない。守るべきものを守り損なった悔悟はこんなにも大きく、しかもそれに押し潰される訳にはいかない。
 鬱々と巡る思考を、いつからか一人の男が捉えていた。大柄な男は高杉と目が合うと困ったように視線を揺らし、そして意を決したかずかずかと近付いてきた。無造作に伸ばされた手に眉を寄せ、刀の柄に手をかける。
 警戒を察せぬはずのない男は無遠慮に高杉の肩に触れた。その手は大きく、温かかった。反射のように心が凪ぐのがわかった。
 だがそれに呑まれるのは腹立たしく、殊更に口角を吊り上げて彼を見上げる。煙管の灰を落とし、羅宇を帯に差した。
「何か用かい」
「──わからん。ただお前が寂しそうだったんだ」
 高杉は小さく息を呑み、稍あって肩を震わせ喉奥で笑う。
「それで? 俺が寂しいならてめェは何をしてくれるんだ?」
 濡れた前髪を額に散り掛からせ、ぽたぽたと水滴を己の着物に落としながらその男は、ぐいと高杉を抱き締めた。彼が濡れているせいで高杉の着物も湿っていく。しかし伝わる温度はむしろ熱いくらいだった。


2019.8.27.永


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あきゅろす。
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