GROWTH
高杉(高近、R15)
 この世界が腐敗しきっていると気付いたときから、世界に綺麗な心なんてものが存在するとは思わなくなっていた。赤ん坊はただ本能に支配された獣だし、子供は我の強い自己中心的な生き物だ。それが大人になって、急に人を思いやりだすはずはない。結局人間の本質は自分中心であり、自分の周囲さえ居心地良ければ他はどうなろうと構わないのだ。
 それでも、この世界を虚なんぞに飲み込ませてやるつもりはなかった。
 綺麗なヤツがいないなら、穢いヤツらに散々憎まれながら高杉が唯一の破壊的で綺麗な光になるしかない。血糊に塗れ、地獄に凱旋する鬼兵隊を引き連れ、この腐りきった世界に終止符を打ってやる。
 だが、近藤は、この敗者の国に生きるヤツらとは違った。悔しさや諦めに飲み込まれず、地に膝を付き媚びへつらうことに慣れず、ただ己の信じる正義で民衆を守るのだと綺麗事を言っている。その綺麗事が本心から零れているのだから恐れ入る。
「人の心ってなァ、どうやりゃァ折れるんだろうな。心が綺麗なヤツは壊れる音もきっと、何より綺麗なんだろうぜ。」 酒を傾けながら嘯くと、宿の座卓に向かい合って胡座をかいた近藤はきょとんと目を瞬いた。
「ん? なんの話だ?」
「お前さんは頑丈そうだからなァ」
「えっ? 俺? 俺を壊すの? ちょっとゴリラって別に不死身とかじゃないんだから…あ、ゴリラって言っちまった!」
 一人でぎゃあぎゃあ騒ぎ出した近藤に口角を吊り上げるに留め、杯を一息に呷り空にする。高杉の反応が小さいので近藤もすぐに勝手に落ち着いて、ふてくされた顔をして座り直し、そっぽを向いた。
「なんだよォ…みんなで俺をからかうんだからァ…」
 拗ねてみたフリはただのフリであると知っていた。なにより、近藤の心を打ち砕いて手の内におさめてしまいたいのはただの衝動ではあるが、決して冗談ではなかった。だがそれを冗談にしてしまうのは近藤が、どうせ壊れもせずに高杉の全てを赦してしまいそうだからに他ならない。結局、どこまでもこの男は眩しい。それが高杉にとってだけでないのは面白くなくはあるけれど。
 高杉は近藤のスカーフを掴み、無造作に引き寄せる。抵抗もなく寄せられ、どこか恍惚と瞳を閉ざした彼の眦に揶揄するように口付けた。すぐに目を開き、どこか不満げに尖った唇を今度こそ重ねる。
「ん…」
 うっとりとすっかり馴らされ甘えた声が零れ、高杉の二の腕がそっと掴まれる。厚い唇を舌で割り、期待を込めて差し伸べられた舌に舌を絡ませる。高杉と違って喫煙の習慣のない近藤の肉厚の舌は何故だかほんのり甘い。高杉の舌の苦さに唾液が滲むのを互いの舌に絡ませて濡れた音を立てる。万年発情期のようにムラムラしている男はもどかしげに腰を揺すった。
「は…獣じゃあるめェし」
「だってェ──仕方ねェだろう」
 拗ねた声は甘く、高杉の腰の最奥をぞくりと疼かせた。獣が純粋だなど夢見ているわけでもないけれど、近藤がこんなに綺麗なのは世間一般の者より本能の割合が多い、言うなれば赤ん坊と同じ状態のままデカくなったからかもしれない。高杉は喉奥で笑い赤ん坊に対するより余程乱暴に短い髪に指を通した。


2021.4.8.永


あきゅろす。
無料HPエムペ!