GROWTH
臨也と新羅(新臨)
 自分の身に起こった問題が、世間に類を見ないほどの大きな出来事に感じられるのは、思春期にはよくあることだ。情報の氾濫した日本で生まれ育ったからには、この狭い地球上に限ってももっと困窮している者も、金を湯水と変わらぬように使える者も数多いて、上にも下にも際限はなく、つまるところ似たような悩みはありふれたちっぽけなものだとすぐにわかるのに、ホルモンバランスが乱れ世界の中心にいる気になっているとそんなことは考えられなくなってしまう。そういった思春期特有の危なっかしさが、臨也はとても好きだった。ちょっと押したら転んでしまいそうな儚い感じが。そんな彼らをつつき、からかい、そして絶望へ落としてしまうのが楽しくてたまらなかった。
「そこで俺は言ってあげたのさ、君の気持ちを僕だけは理解してあげられるよって」
「あはははは! 折原君はまたそんな残酷な嘘をついたのかい。君に他人の気持ちなんて理解できはしないのに」
 だがそんな悪趣味な行為を聞かされて笑い飛ばしてしまうくらいイかれた男は少ない。折原臨也にとって岸谷新羅は、他の人間に対する愛とは違うものを感じさせる男ではあった。その感情にもし敢えて名前をつけるとするならば、きっと臨也に背を押されて死を選んでしまう少年少女が、自分を世界の中心に独り置き去りにしてしまう想いの源、つまり誰にも自分を理解できなどしないという世を拗ねた絶望と、そして若く幼い心だからこそ激しく燃える恋だろう。年を重ねてなお、この人の全てが欲しいと希う大人の恋でも、ただなんとなくそばにいると楽しくて何の根拠もなく大きくなったらこの人と‘けっこん’するのだと思っている子供の恋でもない。その端境期特有の、世界の全てを焼き焦がしてしまいそうに強く、そして澱んだ想い。
 臨也は自分がどれだけ穢いかよく知っていたつもりだが、それでも岸谷新羅という一人の人間にこれだけの執着を感じるなどとは思わなかった。そんなものをぶつけられ、あの敏い男が気づかぬはずはない。
「──ねえ、新羅」
「うん?」
 一オクターブ落として囁いた声は、残念ながらセルティのメールに関心を奪われた。妖精の代わりになれるともなりたいとも思わないけれど、それにしたってせめて親友であるのなら、もう少し感情の比重を返してくれたっていいだろう。だがそんなこと言えるはずもなく、紅茶を啜る。
 夜の街で歓声を上げ管を巻く者達のように酒でも飲めば楽になるのだろうか。だがそんなことになってしまっては臨也の最大の楽しみの人間観察をする目が鈍る。いくら飲んでも全く酔わない枠のように強靭なアルコール分解能力を持っている自覚のない臨也は一時の快楽のために鋭い観察眼を一瞬たりとも曇らせるつもりは一切なかった。また、そんな風にある意味ストイックに優先順位を付けられる鉄の理性を持っているからこそ、まるで脈のない新羅に何年も惚れていられるのだろう。ふと顔を上げた新羅がメガネを光らせて笑った。
「なんだい、折原くん…まるで恋をしているような表情だね」


2021.3.19.永


あきゅろす。
無料HPエムペ!