GROWTH
沖田と土方(沖土、R12)
 朝、その話を聞いたときは、寝起きの低血圧で巡りの悪い頭を叩き起こすくらいに面白い話だと思ったのだ。沖田にとって土方がぎゃあぎゃあ騒ぎ立てることは大概とても面白い。怒ったり喚いたり表情豊かに沖田に噛み付いてくる土方が可愛くて楽しくて仕方ない。あの、人前では乙に澄ましてクールなイケメンを気取っている男が、沖田と話していると年相応よりももっと幼い、もしかしたら同年代でもあるかのような態度で感情を揺さぶられてくれるのが楽しくて堪らないのだ。
 その土方が今日、女を振るのだという。向こうから諦めてくれる形で穏便に女を優しく振る手伝いをしろと言うものだから、沖田の中の何かがうずうずして堪らなくなった。どうせなら土方も相手の女も暫く立ち直れないくらいのことをしでかしてやろうと思ったが、そうは問屋が卸さなかった。とんだ美人局の裏側には面倒くさい輩がいた。ただの地球人のヤクザならどうということはない、戦えば済む。そんな荒事には互いに慣れきっているし、土方などは好きな類だ。天人や、その他の非合法な組織でも、ここまで面倒なことにならない方法はいくらでもあっただろう。
 だが、女連れの土方が怪しげな風体の天人に囲まれ、女が土方に縋るのにいらっとしてついつい土方の制止の合図を無視した沖田がバズーカを撃ち込んでしまうといけなかった。天人の胸元に大きな第二の口が開いたと思うと、噴出した怪しげな紫の煙がバズーカを弾き返した。咄嗟に女は自分の袖で口元を覆って身を伏せ、そんな彼女に縋られていた土方もまたつられるように同じ姿勢をとった。しかし運悪く風下にいた沖田は最も多くその煙を吸い込んでしまった。土方達の咄嗟の対応が煙で見えなかったのと、なんといっても他に人のいない路地裏とはいえ戸外であり、沖田のところまで煙が届く頃には毒々しい色合いもかなり薄れていたことも油断を誘った。紫の煙が肺を満たし、それを認識する間もなく膝がくずおれる。刀の柄に手をかけた。土方が何か言っているのが口の形でわかるが、耳鳴りがして声は届かない。身の危険を感じて抜きはなった愛刀は何か硬い──鉄骨のようなものに阻まれて振り切れない。
 駆け寄ってきた土方の力強い手が二の腕を掴んだ。そして引きずられるように逃げ出して、路地裏からまだ出られず土方は、正気を取り戻したものの普段のように体の自由が利かない沖田を抱えて、二人を探す異形の天人から身を隠して立ち往生している。
「土方さん、どうしやしょう。まさかこんなことになっちまうたァ…」
「落ち着け! ドSの打たれ弱さこんなとこで披露してんじゃねーよッ! だからもう少し待てっつったんだ!」
「何言ってんですかィ、土方さん。斬り込み隊長ナメるんじゃねーや。そういうチマチマしたモンはザキに任せて、黙って突っ込むのが俺ですぜィ」
「さっきまでガクガク震えてたヤツと同じ野郎だとは思えねェ言い種だな、オイ」
 その割に口調は暢気で、きっと彼は命の危機までは感じていない。沖田も、清涼とは言えずとも少なくとも人工的な害が含まれていない空気を幾度も呼吸を重ねて取り入れるうちに徐々に体の調子が戻ってきているのが感じられる。至近距離にいた土方が身を伏せ口を塞いだくらいでノーダメージということは、きっとあれはさほど強いものではない。
「気ィ取り直したら行くぜ…こんなところでグズグズしちゃいられねェ」
 すっかり本性を出した女の怒りの表情を盗み見、苦手な色恋の問題から解放された土方の口調はいっそ腹立たしいくらいに力強かった。


2021.3.3.永


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