GROWTH
高杉(桂高)
 高杉の語彙は痛々しい。思考までもという気はない。大局を見据え、信念に向けて弛まぬ努力をして邁進する姿を決して侮ってはいない。だが、それはそれとして語彙は痛々しい。真っ当な行為でも、表現や言葉選びが中二病に罹患しているだけだ。
 桂は、互いに襁褓をしている頃に知り合い、さほどべったり仲良くもなかったとしてもそれなりに細々とした交流を持ち続けた高杉という男が存外に優しいということは悲しいくらいに知っていた。
 両親ばかりかばあやまでもいなくなった家は桂には広すぎた。
 高杉は嫡男ではないから、最低限家名を汚さぬことと、嫡男が子孫を残す前に何かあった際には予備として立てる程度の期待しかされていなかった。幸いというべきか高杉家の嫡男は健康であったので、当然高杉への期待値は高くない。それでも型にはまらぬ高杉には家の居心地は決してよくはないようではあった。
 そんな彼が、家に帰りたくない夜に一人になった桂の床を訪ねるのは互いに利点があった。桂は一人寝の寂しさが紛らわされ、高杉は野宿をせずに済む。
 だがその日は、高杉と同衾を救いと受け取れぬほどに桂の心が乱れていた。
 一人ぼっちの広い部屋に耐えかね涙が溢れる。将たるもの、こんな姿は決して誰にも見せられない。なのに、高杉はよりによってその日も桂の寝室へ忍んで来た。
 ド田舎で盗る物もない子供が一人暮らしをしているだけの開放的な日本家屋だ。玄関くらいは施錠しても、庭に入って縁側から上がり込むくらいは泥棒でなくとも簡単で、夜遅くなってから訪ねてきたときに高杉がそのルートで侵入してくるのは初めてではない。
 しかし今日はいつもと違うと、寝所に足を踏み入れた瞬間高杉は息を呑み足を止めた。布団の中で声を殺した桂が涙を零しているのに気付いたに違いない。
 友であるなら、目を瞑ってほしかった。なのに高杉は一瞬の躊躇いののちずかずかと無遠慮に布団にまで入ってきて、桂をぎゅっと抱き締めた。
「泣くのかい──? てめェが泣くなら俺は唄おう。てめェが教えてくれた想いと同じだけの音を、声が枯れるほどに。」
 泣かない、俺は将だ、泣くものか…と、本当はそう言いたかった。だが、止まらぬ涙が言葉を詰まらせる。桂が涙を堪えても、泣くまいと奥歯を食いしばっても、それを認め讃えてくれるばあやはもういない。ばあやがいくら桂を大切に、誇りに思ってくれていたとしても、彼女と桂の間に踏み越えられない一線が引かれてしまった。両親が死んだときの涙を最後にしたいと思っていても、その後の桂を支えてくれた人までもがこの小さな手から滑り落ちてしまったことを、まだ乗り越えられていない。
 高杉の子守歌が低く、甘く耳を擽る。
 そっと彼に手を伸ばし、おそるおそる抱き寄せた。髪に唇が寄せられ、メロディに載った息が肌を優しく撫でる。胸の内に温かいものが満ちていくのがわかった。
 高杉は不器用な痛々しい男だが、桂の隣にこうしてちゃんといてくれて、そして──高杉の体温も子守歌も、心地いいのに眠くなるどころではない。ますます胸が激しく打ち鳴らされ、全身がかっかと熱くなってきた。


2020.10.19.永


あきゅろす。
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