GROWTH
高杉(真選組の誰か×高杉)
は…怖ェ、なんざァ。この俺が、怖ェなんざァ。笑い飛ばしちゃくれねーかい。
息をする必要すらねェ亡霊が。世界の首ィ引っ提げて冥土へ凱旋するこの俺が。生きた人間に恋をしただと。
そんな笑えぬ話が、揺らがぬ真実。


 恋をすると人は詩人になるというのは本当なんだなあ、と坂本は平穏に酒を酌み交わしていたはずの高杉の突然の独白に目を丸くした。もっと大人数での酒宴であったならどうにでもなったのだろうが、残念ながら二人きりだった。これは恋の話を聞いてやるべきなのだろうか。だが何一つ聞く前から既に面倒臭そうな気配がぷんぷんしている。できれば何事もなかったように流してしまいたい。だが、それきり目を血走らせてしまった高杉との間の沈黙が痛い。何か言ってくれないだろうか。まさかこれは坂本のコメントを待っているのだろうか。いやそんなものいいからもっとこうなんとかならないのか。世界を壊す前にこの空気を壊してくれないと坂本は息が詰まりそうなのだがどうにか──ぐるぐるする坂本を暫く黙ってじっと見据えていた高杉は、稍あって大きく息を吐いた。
「何か言うこたァねェのかい、辰馬ァ」
「や、やっぱり待っちょったがかー…」 しかし困った。何も浮かばない。痛々しい男には痛々しく返すべきだろうか。しかし坂本の語彙に痛々しさはない。
「えー…と…おんしをそげに虜にしゆうんはいったいどんな娘ォですがかー?」
 坂本は早々に同じ調子で返答するのを諦め、普通に恋話を聞く方向に切り替えた。
 肴も粗方腹におさめてしまったし、いっそ酒宴ごと閉じてもいいがこの流れでじゃァ解散とは言えない。言ってもいいが、後が面倒だ。
 高杉はにやりと口角を吊り上げた。
「聞きてェか?」
 正直な感想は、面倒臭い、だった。別に聞きたいというほどの興味はないが、高杉は言いたいのだろう。であるならば聞いてやらねば彼の気が済むまい。
「あァ…そうじゃの、おんしゃァなかなか趣味がえいんじゃろうし」
 だが正直なところ、あまり気が乗らなかった。高杉の性行為なんかあからさまにひけらかされたらどうしよう。高杉よりも坂本の方がずっと奔放に遊んではいるが、だが高杉はその分一人に対してねちっこそうだ。そんな男の惚気など、考えただけで胸焼けしそうで、正直全く聞きたくない。だがこの鬼と言われながらも繊細な男は、きっと坂本が聞いてやらねば傷付くだろう──どうしてこんなときに限って二人きりなのだろうか。もうこの男とサシで呑むのはやめにしよう。
 坂本の密かな決意など意に介さず、むしろ坂本の前の膳を蹴り飛ばさんばかりに身を乗り出して高杉が顔を寄せてくる。育ちのいいこの男にしては珍しい、とは思うがしかしそんなこと指摘できるはずもなく酔漢の据わった瞳を見つめ、小さく喉を鳴らす。
「──幕府の狗だ」
「ほォ…えッ?」
 だが発言内容のあまりの突飛さに目を大きく見開く。元々は同じ戦場で同格で戦った仲だ、こんなに驚くべき事実を告げられてまだ面倒がったりできるはずもない。
「…そりゃァ…おんし、いつどこでそんな深い仲になりゆうたがか?」
 聞きたいような、聞くのが怖いような、でも敵同士なんてロミオとジュリエットみたいで俄かに関心が沸いた。高杉は高杉で、あくまで秘匿し続けなければならない関係が出来上がってしまったのを、本当は誰かに話したくて堪らなかったようでにんまり笑みを深めた。
「詳しく聞きてェだろォ、辰馬ァ」
「おんしが言いたいんじゃろー…あァ、いや、まっこと聞きたいですきに」
 仕方ないからノってやり、正座になって両手を膝に置く。もったいぶる高杉を見つめ、小さく喉を鳴らした。
 そこからの長い長い惚気は夜が明けるまで続き、やっぱり彼と二人きりで呑むのはやめようと思った。


2020.9.21.永


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