GROWTH
近藤と山崎(沖土、R15、スカ大小)
 いつ誰が来てもおかしくない場所──というのは、歯止めよりもむしろ興奮剤になるらしい、特に若くて後先考えていないような奴には。
 いや、まぁ、もちろん、興奮する気持ち自体は土方にも理解できなくもない。ただ、実行に移す前に様々なデメリットが脳裏をちらつくだけの話だ。
 だから、寝る前に少し用を足しにきた便所で、後を追うように沖田が現れた瞬間、愛刀を抜き放ったりもするわけだ。
「っと──危ねェなァ、土方さん。カルシウム不足ですかィ」
 飄々と口にして、べろりと耳元を舐められた。
 瞬間、背骨がぞわりと震えて眼前の汚い便器に触れてしまいそうになり、気力で身を退く。
 沖田は土方が一人苦労している隙に腰を抱き寄せ、そっとそのチャックを下げた。
「なに、しやがっ──」
「ションベンでしょう? さァ、しなせェ」
 しなせェったって、沖田がナニを掴んでいたらそんなもの早々出ない。
「──離せ」
「遠慮はいりやせん、さァ」
 遠慮ではない、言葉にしたくない情動のせいで尿意が引っ込んだ。代わりに、ひじかたが僅か鎌首を擡げる。
 と、静かに便所の入口へ人影が──ふっと引っ込んだ。
「今、誰か来たぞ、見られたぞ、おい」
 沖田の腹へ柄を叩き込む寸前に自身を握られ、息を飲む。
「気にしねェでも、山崎でさァ」
 あぁ、山崎か。あいつなら、教えてもいない俺達のアレコレを全部知ってやがるしな──等と納得できるはずもない。
「おい、マジで離せ──」
 指先がつうっと裏筋を撫で上げ、ぞくぞくと脊髄を電流が舐めあげる。
 がくりと腰が崩れた。
 しかし、便器に触れたいはずもなく、気力で立て直した上体を沖田に抱き寄せられる。彼の肩に後頭部を預けて息をついた。
「あれェ…完璧勃っちまいやしたねィ。土方さん、ションベンしに来たんじゃなかったんですかィ?」
 白々しい言葉にかぶりを振り、奥歯を噛み締めた。
「──その、つもりだったんだが…」
 やめておく、と言う前に聞き間違えようにも間違えられない大らかな声がした。
「おっ、山崎じゃないか。なにしてるんだ、入らないのか?」
「いえ、その──ダメです、局長、入っちゃっ!」
 漏れ聞こえる会話に血の気が退いた。
 慌ててチャックを引き上げ、刀を鞘に戻して飛び出そうとした、肩を掴まれた。
「総悟っ!」
 勢い余って便所の真ん中で踏鞴を踏む。
 咎める声を口付けに抑え込まれた。
 中途半端に高められた体のラインが隊服越しにゆっくりとなぞられた。もどかしい刺激に、まだ力を失っていないひじかたが小さく疼く。
「何で?」
「とにかく…ダメです!」
 廊下から聞こえる会話に気は急くのに、体は動かない。それどころか、沖田の袖口を縋るように握ってしまう。
「近藤さん、が…」
「見せてやりやしょう」
 冗談ではない。近藤に見られたら、その瞬間憤死できる。
 そんな上司の性格は知りつくしているのか、大便をしに来たらしい近藤を山崎が止めてくれてはいる、下手な言葉で。
 あぁ──なんだか、自ら穴を掘ってでも埋まりたくなってきた。
 なのに、そんな思いとは裏腹に、ベルトが緩められるのを止められない。
 温かい掌に自身を握られ、視界が歪んだ。
 うまく逆らえないままひじかたを撫でられ、今度こそ腰が砕けた。
 薄汚い床に尻をつき、沖田を睨みあげる。
 高揚した眼差しに絡め取られた。


─ ─ ─ ─ ─


 副長は自分達の存在に気付いたはずなのに、待てど暮らせど出てくる気配はない。それどころか喘ぎ声まで聞こえてくるに至って、ようやく局長も事態を理解したらしい。しかし、屯所内の便所はここだけだし、便意も去ってくれない。
 屯所外で最寄りの便所はどこだっけと脳内検索をかけても、どこも間に合いそうにない。いっそ庭に穴を掘ろうか。
 少しでも気を逸らそうと、蒼い顔で足踏みを繰り返す局長を見上げた。
「局長──」
「なんだ?」
 ぴたりと足踏みが止まる。
 真っ青なその表情に、もはや猶予はないと知った、気付いてしまった。穴を掘る余裕ももうないかもしれない。
 が、絶対に見られたくないだろう土方の性格も熟知しているからか、強引に押し入ろうとはしない。土方に気を遣えるならまだ少しは保つだろうか。
「…いい日和ですね」
 ほかの話題をと探した言葉は、あまりにも場違いだった。
「そうだな…真夜中だが──」
 局長の片手が壁に触れる。ぐっと握った拳が震えている。
 便所は、まだ喘ぎ声が絶えない。
 が、もしかして今は個室に引っ込んでいてくれたりしないだろうか。
 僅かな期待を抱いて入り口から中を覗き込む。
 ──よりによって便所の真ん中で副長に跨る沖田が、ちらりとこちらを見て唇の端を持ち上げた。おいでおいでと手招きされ、さっと局長の許へ駆け戻る。
「──局長」
 壁に背を預け、乱れた呼気を噛み殺す。
「──なんだ?」
 近藤は壁に凭れ、歯を食い縛っていた。
 ──入っても、いいんじゃないだろうか。沖田は見せたいようだし。だが、土方は見られたくないだろうし──うん、やっぱり俺は副長の味方でいたい…が。せめて、自分の男くらい、もう少しどうにかできないのだろうか、山崎に実害が及ばない程度であれば、もう何も言わないから。
 そこまで考え、無理だろうなと息をつく、瞬間、堪え難い波が訪れ、下腹に力を込め耐える。
 がんばれ、俺! これも副長のためだ…──しかし、辛い。
「厠を増設すべきだと思いませんか?」
 何とか波を逃がし、息も絶え絶えに近藤を見遣る。
 近藤はさらに苦し気に、陣痛に耐えていた。
「そうだな、気付くのが遅かった…」
 がしり、と手を握られる。
 思わず握り返し、無言のまま見つめ合って互いに励まし合う。
「なぁ、山崎」
 掠れた声が苦し気に呻く。
 はい、と薄暗い廊下で二人手を握る。
「まだ、入れなそうか?」
 局長の言葉に、そっと中を覗き──見なかったことにした。
 サディストと付き合うと、許容範囲を拡張せざるを得ないのだろう、あんなにウブだった副長でも! あんなにウブで可愛いところもあったのに!
 涙で視界が滲む。それでも、潤む視線を近藤に向け、告げたくない事実を報告する。
「まだ…みたいですね」
 そう言った瞬間、近藤の顔が泣き出しそうに歪んだ。
「もう、ここでしていいかな?」
 ぎくりと腰が退ける。
「いいよな、もう、限界!」
「局長っ…」
 汗ばむ手を握り締め、瞳を覗いて全力で励まし合う。
 近藤の手はがくがく震えていた。
「あと少し、きっとあと少しの辛抱ですから!」
「そう言って半刻は経ったよ!?」
 それは悲しい現実だ。いつまでやるんだろう、あの二人は──
「あ、もう駄目…」
「局長〜っ!!」
 何とも形容し難い香りが鼻腔を侵す。
「あ──やべ」
 しかし、それどころではない、叫んだせいか、山崎の便意も急激に込み上げ、限界ギリギリに到達した。
「俺もアウトかも…」
 先に羞恥体験を済ませた近藤の真剣な瞳が、山崎を見つめる。
 あぁ、今度は俺の番か──
 ねぇ、副長。明日、あなた達の食事に下剤を混ぜてもいいですか…?
 視界が霞むのは涙のせいだろうか。


2012.5.16.永


あきゅろす。
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