GROWTH
臨也(臨静、R12)
 思春期の、感受性の強い少女達は簡単なことで死にたがる。臨也のように、全人類が滅亡しても自分だけは生き残りたい男には理解し難いが、やれ恋だやれ家庭環境だやれ苛めだと、くだらないことに振り回されて自分の命を絶とうとする。それが面白くてたまらない──
 だが、こと恋に関してはあながち馬鹿にはできないのかもしれない。確かにこの感情は、こんな思考に至ってしまった自分を殺したいくらいに口惜しく、穢らわしい。おそらく少女達の希死念慮とは根本的に違うだろうが、恋ごときに振り回される自分が酷くちっぽけな存在になってしまった気がして、虫酸が走る。世界を影から操ることだってできるだろう折原臨也が、こんなところで平和島静雄なんて化物に心を奪われるなど、あってはならないのだ。
 臨也の野望も何もかもが砕け散ってしまいそうで、こんなところで死ぬわけにはいかない臨也はいっそ平和島静雄の方を殺してしまえばいいのだという結論に至った。

大好き、だなんて。
たった一人だけに向けた愛の言葉は、こんなにも息苦しい。
好き過ぎて狂いそう、だなんて。笑い飛ばせたらいいのにね。

 平和島静雄が何をした訳ではない。だが、この折原臨也にこんなにも強い恐怖を与えただけでその価値はある。岸谷新羅は、恋に溺れる少女達よりもずっと自分を安定させたまま、一人の妖精を愛することができるらしいが、臨也はどうやらこと恋に関しては新羅より不器用らしい。それはとても悔しくて、でも今更何をも言うことができずにナイフを握った。
 平和島静雄には人は殺せない。だが臨也は違った。手を汚さずに実行できる術もある。しかし平和島静雄の肉体は規格外に頑丈だ。つまり、常人が静雄を殺すことは叶わず、平和島静雄が生きている限り臨也は静雄への恋情に振り回されるのだ。こんなにも、こんなにも馬鹿げた話があるだろうか。あんな化物に惚れてしまったばかりに臨也の感情が揺さぶられ、しかもどうにもできないなど。ならば静雄の心を手に入れてしまえばいいが、それはほとんど絶望的だ。臨也と静雄の関係はこれ以上ないほどにこじれきっている。とくに静雄と関わりたくなくて、彼の行動範囲を避けて池袋に行ったにも拘わらず、匂いがしたなどと言って交通標識片手に駆け寄ってくる静雄の鬱陶しさは尋常ではない。なのに、青筋を浮かべ怒り露に走り寄ってくる静雄を見るといつも、胸に響くときめきを完全に無視することはできなかった。
 会えて嬉しい、だなんて。恋人同士でもあるまいし、この折原臨也か平和島静雄に対して抱くべき感情ではない。
 動揺を精一杯押し殺し、今日こそ殺してやるしかないとナイフを構える。切っ先を静雄に向けて口角を吊り上げた。
「シズちゃんなんか、大嫌いだよっ!」
 彼に伝えるという以上に強く、自分自身の揺らぐ心に向けて叫んだ。投擲したナイフは揺らぐ臨也の心を表すように、静雄まで届かず交通標識に弾き飛ばされた。
「いざやあああああ!」
 獣のような叫びに背を向けて駆け出す。
 彼を見つめ過ぎてはいけない。心が掻き乱されて、自分が自分でいられなくなってしまう。
 平和島静雄が嫌いだ。こんなにも、こんなにも深く臨也の心に食い込んで掻き乱す。他の誰にもこんなこと許しはしないのに。静雄を殺せないなら、彼に殺されたいくらいだ。


2020.9.1.永


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