GROWTH
沖田(山沖、R15)
 姉が結婚するというのは、姉弟の関係が密接であればあるほど他人ごとではないだろう。それを受け入れる覚悟も相応のものになるし、その分だけ相手に求める基準も厳しくなりがちだ。
 その基準を緩め、色々気になるところに目を瞑って蔵場を受け入れたのは、何も彼を信用したからではない。ただ、姉の寿命が尽きようとしていることを医者に宣告され、そしてまた姉自身が彼でいいと言ったからだ。
 生前は、そこに愛があるからだと、姉を大切にしてくれる男だと思い込もうとしたが、今となってはそれが誤っていたとわかる。姉の墓前で、もはや詫びる言葉もない。

愛してるなんざァ、口先だけで転がすにゃァちィと重てェ言葉だと思っていたんですがねィ──でも、姉上はあの男に。軽くそんなものをもらっていたんでしょう?
俺ァねィ、姉上が人の嫁になるなァ幸せだと思ってました。だから…人並みの幸せってヤツを、おねーちゃんにも…おねーちゃんは、もう長くねェから…だから、俺ァ。線香花火みてェに、散っちまう前に人並みの幸せを掴んでほしかったんでさァ──

 だからといって涙は出なかった。流す涙は、姉が死んだときに流し尽くした。毎月の祥月命日の墓参りの度、胸の痛みはまだ生々しく血を流すが、今更沖田が泣いても何にもならないこともわかりきっていた。
 他に訪れる者もない、と思っていたミツバの墓に、近藤も土方も時折参ってくれていることも最近知った。こんなにも、沖田の仲間に大切に思われていたのに、沖田が一番、ミツバを大切にしてやれなかった。きっと、いくら悔いても悔やみきれない。だが、沖田がいつまでも姉の死に責任を感じても、ミツバが喜ばないこともわかりきっていた。だから、涙が零れる前に腰を上げ、墓石に背を向ける。
 まだ、姉としっかり向き合えていないままなのかもしれない。それでも──
 墓所の入口でぼんやりと空を見上げて待っていた男にささやかな感傷も吹き飛んで彼をまじまじ見つめる。ヤツは一体こんなところで何をしているのだろう、沖田ミツバと彼はほとんど面識がないくせに。
「お姉ちゃんに紹介してやろうかィ」
 考える前に言葉が勝手に滑り出た。
「知ってると思いますけどねー」
 飄々とした山崎の真意は窺えない。だが、彼が今ここにいるのは、沖田とただの仲間でなくなったからだという確信はあった。つまりは、食えない三十路である山崎が、ずっと年下の一番隊隊長沖田総悟と寝たから、ここにいるのだろうと。山崎は蔵場よりはマシな男だと思うが、沖田とてそんなにいい趣味はしていない自覚はあった。
「挨拶はまた今度にしませんか。弟を傷物にしたなんて謝らなきゃならねェでしょ」
 はぐらかすような態度に、怒るべきか迷う。彼がこの調子だから沸点の低い土方はいつも山崎にキレちらかしているのだろう。だが沖田は山崎のこんなところも嫌いではなかった。
「お姉ちゃんならきっと赤飯炊いて喜んでくれるぜィ」
 攫うように手首を掴み、来た道を戻る。山崎も強い抵抗はしなかった。どこか物珍しげに立ち並ぶ墓石に目をやっている。山崎は墓参りに行ったりはしないのだろうか。あまりそういう方向に熱心そうな印象を抱いたことはないけれど。
 姉の墓石の前に戻ると山崎は、徐に袂を漁り、このために用意していたのかカップ酒を供えた。姉が酒を嗜むのを見たことはないが、突っ込む隙すら与えずに山崎はぺこりと頭を下げ、すぐに沖田を振り返った。
「もういいのかィ」
「えェ。弟さんはアンタの分も幸せにするって伝えましたから」


2020.7.26.永


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