GROWTH
臨也と新羅(臨静)
「私はセルティを愛しているばかりじゃない、信じている。そしてこの境地に至ることはとても楽な状態だと思うけれどね」
「それはそうだと思うよ、疑うというのは疲れることだ。だが、人間は疑う生き物なんだよ、新羅。知性が発達した大人は殊に、情緒が未発達な幼児のように無条件に他人を信じることなどなかなかできはしないのさ、たとえその両者の間に愛なんてものが満ち満ちていたとしてもね」


 静雄が、浮気をしている気がする。
 具体的な証拠があったわけではない。情報屋が掴めないのならそれは事実ではないと頭では理解しているが、一度疑ってしまうと何もなくてはおさまらない。証拠こそなくとも、態度の節々が全て疑わしく見えてくる。信用しきるなんてことができる新羅の方がむしろおかしいのだ。新羅よりは臨也の方が、こと恋愛に関しては人間らしいなど笑えない冗談だ。臨也にとって新羅は貴重な、観察対象というだけでない面白い人間なのに。
 だから、何でもないフリを全力で装って静雄の前に立つ。
 今日は臨也の家を訪れるのが約束より遅かった。何故遅れたかはわかっている。途中でチンピラに絡まれたからであり、そしてその連中をけしかけたのは他でもない臨也だった。
 案の定非常に苛立って現れた男に、笑みを貼り付け両手を広げる。
「手前──何のつもりだ」
「何がだい。遅刻したのはシズちゃんなのに、俺は君のために言い訳まで用意してあげなければならないのか」
 静雄の手がテーブルに触れる。あれが宙を舞ったら室内はただでは済むまい。だからといって必死になって静雄を止めるのも馬鹿らしく、そしてまた弁解して宥めたくもない程に臨也は苛立っていた。
 悪いとするならば、浮気を疑わせる静雄だ。この折原臨也が愛してやっているにも拘わらず、化物でしかない静雄が余所見をする暇などあってはならない。
 静雄は動かぬ臨也を鋭い瞳でじっと捉え、稍あって大きく肩で息を吐いた。額に浮かんだ青筋がゆっくりと引き、暴力に訴える前に彼の怒りが収まっていくのが目に見えてわかる。
 臨也は大きく目を見開いた。
「投げないの。理性は人間にだけ許されたものだ、化物の君が無理して行使しなくてもいいんだよ」
 自分達の間に、ずっと幻想だと思っていた愛が存在していることは知っていた。臨也が全人類に向けるような歪んだものとは決定的に違う、何者にも穢されない愛が、他ならぬ臨也と静雄の間にはあると信じていた。どこまでも真っ直ぐな静雄だからこそ、ひねくれた臨也も信じることができたのだ。
 言葉で煽り立てる臨也の挑発など耳に届いていないかのように、静雄は目を据わらせて臨也を見た。
「投げねえ」
「どうして──」
 漏れた声は臨也の動揺を如実に示していて、臨也は小さく舌を打つ。
「そんな悲しい目した奴と戦えるかよ」
「はっ…」
 驚きの余り、腹を殴打されたような声が漏れた。静雄は臨也の考えなどまるで理解してくれないくせに、こうして核心を衝いてくる。その鋭いところが大嫌いで、好きだった。どんなに言葉を尽くして自分を硬く覆ったところで、静雄にはまるで通用しないのだと思い知らされる。悔しいけれど、分かり合えない自分達はこれがあるから互いに相手を認められる気さえした。
「シズちゃんは俺だけ見てればいいんだよ」
 吐き出した音は常日頃からは考えられぬくらいに真摯に響いた。
「余所見なんかしてられるかよ、お前みたいに手のかかる男」
 不機嫌な表情で告げられた言葉は、表情よりずっと甘く響いた。ぽっと胸の奥に暖かな炎が灯る。
「うん──ずっとそうしてろ」
 自信に満ちた声に、一も二もなく頷いた。謎の説得力に後押しされ、それを悔しいと思う前に抱き締められて、もう全てがどうでもよくなってしまった。


2020.5.12.永


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