GROWTH
臨也(臨静、R12)
 人間になりたいの? へえ──俺に、愛してもらいたいんだ。
 バカみたい。あんまり俺をがっかりさせないでくれないかなあ、いくら俺でも飽きちゃうよ。
 死にたい、とでも言うなら全力でその背を押してあげるけれどね、精一杯の嘲笑貼り付けて。


 臨也は一々物言いが癇に障る。
 人間になりたいも何も、静雄は元より人間だ。ただ、常人より筋肉が強く、沸点を突破すると暴走する怒りの衝動に呑まれてしまうだけの、真っ当な人間だった。それは臨也が口先でどんな言葉をひねくり回そうと決して変わらない真実だ。
 ──決して、臨也に化物呼ばわりされているのが悔しいのでも、彼に愛されたくて常人になりたいのでもない。静雄は平凡でもいいから平和に生きたいだけなのだ。
 しかし臨也は、彼に直接伝えたわけでもない静雄のささやかな夢すらもこうしてねじ曲げ嘲笑してくる。人の想いのキラキラしたところを土足で踏みにじるのを楽しむ男だ、静雄の心をかき乱せるネタだと思うと嬉しくて堪らないのだろう。
 だが、だからこそその挑発に乗りたくはない。
 理性はそう叫ぶのに、体は怒りに突き動かされ電信柱を引き抜いているものだから、臨也はますます得意気に腹立たしい声で笑い転げる。
 化物、だって。人間にはなれない、など。
 静雄だって、普通の人間は電信柱を素手で引き抜けないことくらい知っている。知っていてなお、静雄は自分を人間だと思っていたし、この先も人間であることをやめるつもりはなかった。臨也が何と言おうと、静雄は近い将来田舎に隠居して、キレることもなく普通に平凡に刺激の少ない生を送るのだ。子供など作ってもいいかもしれないが、この力を受け継いだら子供が可哀想だ。子孫繁栄は幽に任せた方がいいかもしれない。この力だって、農作業などなら有効活用できるかもしれない。
 そんな静雄のささやかな夢を打ち砕くように、臨也は嘲笑する。
「シズちゃんには無理だよ」
 静雄が平凡に生きる邪魔がたくさんある都会で、一番静雄の沸点をぶっちぎっているのは他ならぬ臨也である。可能かもしれないことを現実にさせない臨也は、きっと誰よりも静雄が化物であることを望んでいるのだ。人間が好きだと綺麗事を言いながら所業は決して綺麗ではなく、化物と静雄を蔑みながらきっと静雄以上に静雄の獣性を愛している。人間という種族に対して彼が喚くものとは全く異なる、ドロドロした愛で。
「いざやくんよお…」
 額に青筋がひくひく浮かぶ。それでも口角は自然と持ち上がり、臨也に電信柱を投げつけた。ひょいと避けた忌々しい黒い男を、いつしか静雄も好いていることは自覚していた。だがそれを認めるには常日頃の臨也はあまりにも静雄の怒りを煽り過ぎる。
 互いにきっと互いの想いには気付いていて、しかし今更言い出せるはずもなく、街を破壊して殺し合う。こんなこと。
「俺の前で、嘘がつけると思うなよ」
 臨也の眉がぴくりと持ち上がり、忌々しい笑みが掻き消される。
 ──そうだ。その方がいい。訳のわからない笑顔の仮面で誤魔化されてやれるほど、静雄は決して鈍くはない。
「シズちゃんなんか──」
 一度目を伏せた臨也は、その紅い瞳を真っ直ぐ静雄に向けて大きく舌を打った。
「大っ嫌いだよっ!」
 飛んできたナイフを片手で受け、ぐにゃりと曲げて投げ捨てる。唇に弧を描いた。


2020.4.10.永


あきゅろす。
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