GROWTH
臨也と静雄(臨静)
 吐いた息が白く空気に溶ける。ただじっとしているだけで凍りつきそうに冷えた冬の深夜に、好き好んで公園のベンチになんか座っている者は臨也と静雄以外にはいない。ホームレスでさえ、段ボールとブルーシートの意外と暖かい家に引っ込んでしまった。余程恋に頭のおかしくなったカップルでも、こんな氷みたいなベンチに並んで座って語らおうなど思うまい。数時間もこうしていたら、凍死できそうだ。
 吸い込んだ空気がキリキリ肺を冷やし、少し息苦しい。犬耳コートのフードを目深に被り、臨也がまだここにいるのは偏に静雄のせいだった。
「なんだよ」
「ん…寒いね」
「いや──あったけえぞ」
 体の震えが止まらない。だが、腰を捕らえるように両腕を回し、静雄が動かないので臨也も動けない。静雄の筋肉量なら冬に外に放置しても死ぬことはないかもしれない。だからいっそ置き去りにしてしまいたい。しかし、静雄はどうやっても臨也を離す気はないらしく、力ではまるでかなわない。静雄の体は同じ生き物かと疑う程に温かく、そんな彼がべったり貼りついているから辛うじて臨也も死ぬことはないかもしれないが、少なくとも風邪くらいは引いてしまいそうだ。
 何の恨みがあるのだ、と口をついて出そうになったが、あまりにアホらしくて呑み込む。恨みなら、数え切れないくらいあるだろう。そんなこと、今一々聞いてやる必要などない。代わりに臨也は冷え切った手を静雄の手に重ね、静雄に凭れかかるように体を寄せた。触れ合った部分だけが温められ、じわじわと溶かされていくようだ。
「ねえ。せめてさ、どこかお店に入ろうよ。奢ってあげるから」
 静雄は何も言わない。熱い呼気がゆっくりと零され、それにすがりつきたくなって頭部をすり寄せた。寒くて寒くて、公共の場であることなど気にしていられない。
「──手前は…」
 稍あって零れた小さな声に、少し朦朧とした頭を無理に回転させて小さく頷く。
「俺しか見えねえだろ、もう」
 それは今のこの現状のことか、はたまた日常のことかわからない。いずれにしてもそれは否定しようもない真実だった。そして同時に、普段ならば全力で否定してみせるだろうことだった。
 だが今は、反駁する気力もなく顎を引き、棘と力が常の半分もない温い声で呟く。
「そうだねえ…でも、それはシズちゃんも同じだろ」
 否定する言葉はなかった。寒いのに温かくて、意識を保っていられない。強く抱き寄せられるのだけをぼんやり感じた。

 目が覚めると、ベッドの中で静雄に抱き締められていた。辺りに見えるものから察するに、臨也の好まない類の安っぽいラブホテルであるらしかった。寒さのあまり眠ってしまうなんて危険な状態に臨也を追いやった張本人たる静雄は、反省した訳でもないだろうが男同士、ラブホテルに連れ込んだらしい。
 臨也はゆっくりと手足の指を曲げ伸ばし、何とか感覚があることに安堵した。
 静雄は臨也の首元に顔を埋め深い呼吸を重ねていて、目覚める気配はない。
 ──まだ、生きていた。静雄も、臨也も、ちゃんと凍え死なずに生きていた。たったそれだけのことに安堵して、静雄が眠ったままなのをいいことにそっと腹に回された彼の手を撫でた。


2019.9.20.永


あきゅろす。
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