GROWTH
原田と山崎(山原)
 親友が禁煙を始めた。
 直属の上司がヘビースモーカーであることもあり、受動喫煙の被害が減るのは非常にありがたい、はずだった。元々そんなに本数が多くなかったこともあり、弊害が起こるなど予想だにしていなかった──が、煙草を断って一週間経った原田はいつもと明らかに違った。
 自他共に認める文才の無さを誇る山崎が報告書に頭を抱える後ろにやってきて、一声もなく座る。振り返った原田の目が据わっているのを見て、彼の禁煙はいよいよ佳境を迎えようとしているのだと知った。恐らくここを乗り切れるか否かで、原田が煙草と決別できるかが確定すると思われた。そうであるならば親友がせめて気を紛れさせられるよう、飲みにでも連れ出すか、はたまた何か遊びに付き合ってやるなりするべきかもしれない。原田も恐らくそれを期待してここに来たのだろうと思う。
 だが、あまり得意ではない報告書の提出期限も迫っていた。
 仕方なく、適当に漫画でも読んでろと放置し、必死に頭を回転させて小学生の作文のような書類を──後ろから規則正しい音が絶えず聞こえてきて頭が纏まらない。そしてそれは気になりだすと思考の全てに浸食するようで堪らなかった。
 山崎は自分の髪をぐしゃぐしゃと掻き回し、そして勢い良く振り返った。
「原田──うるさい」
「俺は黙ってるだろ」
「違うよ、さっきから机とんとんとんとんうるさいって言ってるんだ」
「あ…すまん、無意識だった」
「あーもう。煙草吸われるより鬱陶しいんだけど」
 沖田のようにふてぶてしく開き直ったり、土方のように逆ギレしたりしないから山崎はそれ以上言えなくなって溜息をつく。
 言葉を選ぶ余裕も、丁寧な字を配慮することもできず乱れた文字で土方の読みが外れているように思うことを書き上げると墨が乾く前にひっつかんで立ち上がった。どたばたと戸口まで行き、原田を振り返る。
「いい? コレを副長に渡したらすぐ戻るから。そしたら飲みに行こう。すぐだからいい子にしてろよ、間違っても一服したら許さないから」
 口早にまくし立て、副長室へ走った。
 折悪しく在室していた土方の小言を聞き流し、部屋にこもった煙を庭に追い出しながら言うべき報告だけ済ませると書類を押し付けそそくさと背を向けた。
 そうして急いで監察方の居室に戻る、この間5分にも満たない時間を、原田は果たして煙草は吸わずに待っていた。動物園の檻の中の猛獣のように落ち着きなく室内を歩いていた彼は息を切らして戻ってきた山崎に眉を顰める。
「何をそんなに焦ってるんだ」
「お前を心配してたんだよ、悪いか」
 いつもより明らかに目をぎらつかせているくせにまるで無頓着な原田に乱暴に吐き捨て、隊服を脱ぎ捨てる。押し入れから取り出した着物を羽織るのを、変に据わった瞳で原田はじっと見ていた。
「飲みに行こう。たまには奢ってやるよ」
 そう言って振り返った原田の顔がいやに近くにあって、山崎は帯を結ぶ手を止め数度瞬いた。
「──なんだよ?」
 原田は言葉もなく、縋るように山崎を抱きすくめた。
 山崎は一度軽く目を見開き、そしてふっと口元を撓ませる。朝に剃刀を当てたままで、少しちくちくするスキンヘッドに片手を回し、彼の肩口に頭部を預け原田を振り仰いだ。
「何、甘えたい気分?」
「──少し、だけだ。少し、こうしてたら、いつもの俺に戻るから」
 呻くような声に肩を震わせて笑い、山崎は原田の頭を乱暴に撫で回した。


2019.6.17.永


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