GROWTH
静雄と新羅(臨静)
 臨也と静雄が喧嘩をしている…と聞けば、なんだいつものことかと誰もが一笑に付すだろう。
 だが、こういう喧嘩は初めてだった。
 彼らはいつも顔を合わせれば殺し合ってこそいたが、プライベートに一歩踏み込むとなかなか密接な関係を構築していたし、そこに誰かが分け入る隙などいつもまるでなかった。そんな彼らの関係に、今までとは比べ物にならない亀裂が走っていたことを知ったのは、事がおこってからたっぷり数ヶ月は経ってからだった。そしてそれは新羅にとってまるで興味がなく、知らずとも支障のない情報だった。なぜなら新羅は可愛いセルティに相談されるまで、静雄も臨也も暫く傷の治療に来ていないことに気付きすらしなかったのだから。
 だが、ほとほと困り果てたセルティが何とかしてくれないかなど言うものだから仕方ない。
 静雄を家に誘い、何の警戒もなく訪れた彼に茶を振る舞って単刀直入に切り出す。
「うん、君が這般の事情により三舎を避け彼に接するようになったのは、納得に値するものではあるよ。でも、そろそろ仲直りしてみてもいいんじゃないかな」
「何を言ってやがるのかわからねえが、俺は怖がっているんじゃねえぞ。ただあんな男に近付く女がいたから──」
「静雄が臨也を恐れているとかじゃなくてさ。直視することに怯えているんじゃないかなと思って。それはともかく、臨也の女関係は私には解せない部分も大きいよ。君が言うのは道徳塗説に因るものじゃないのかな。一体、誰にそんなことを聞いたんだい?」
 全く言葉の意味は理解していないようだが、その本質だけは的確に捉えている。これは彼の獣のように研ぎ澄まされた感性のなせる技なのだろう。
 だが感心ばかりもしてはいられない。男として、愛する女の頼みには何としても応えたい。
「聞いたとかじゃねえよ──見たんだ」
「見た? まさか…もしかして臨也がただ女と歩いていたからとかそんなことじゃないだろうね? いいかい、静雄。臨也はあんな男なんだから、性器を結合している瞬間を目撃でもしない限り浮気と決め付けるのは早過ぎ…っ!!」
 いつの間にか帰宅していたセルティの影に思う様殴られる幸福くらいでは、残念ながら驚きは消え去りはしなかった。
 もう少し言い方というものがあるだろう、とセルティに怒られるのは単純に嬉しい。照れ隠しに少々暴力を振るわれたとこでドメスティックバイオレンス、そうつまり家庭的な暴力なのだ。新羅にとっては新婚家庭の甘いいちゃいちゃを想起させるほどの効果しか齎しはしない。
 更に、静雄の言に非常に驚いてもいた。
 臨也はあんな男だが、浮気性ではない。それは、彼が他人を俯瞰することを好むからでもあるし、また不特定多数との性行為による危険を欲以上に怖れる健康オタクだからでもあった。それにあの男は自分のプライベートに他人が踏み込むことを極度に厭っている。
「あいつの部屋で、寝てる女がいた」
 新羅の動揺に構う余裕もないように吐き捨てた静雄に、今度こそ新羅はぽかんと口を開く。あのガードの堅い男が自分の寝室に女を寝かせたりなどするだろうか──いや、有り得ない。ということは、その女は無断で入ってきた可能性はないか。
 新羅の頭脳は所詮他人の冷静さでもって、至極当然にひとつの結論を導き出した。
「静雄…まさかとは思うけど、臨也の寝室で寝ていた女は二人じゃなかった?」
 静雄が瞳を見開くのに構わず新羅は続ける。
「彼の双子の妹達が上がり込んでいたんじゃないかと、俺は思うんだけど…」


2019.6.1.永


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