GROWTH
沖田とトッシー(山沖)
「沖田総悟、天誅でござるッ」
「へェ。その程度でこの俺に勝てるとでも思ってやがるのかィ」
「うぅ、うぅ、怖いなりィ…沖田氏ィ、何故このようなことをしなければならないのかな」
「そんなもん、てめェが俺の下僕だからに決まってらァ。もう一度でィ、立ちやがれ」

 トッシーが帰ってきた。いや、帰ってきたという表現は適切ではないのかもしれない。土方と入れ替わったり戻ったり、せわしなく過ごしている。そんなトッシーは今日は沖田の玩具にされているらしい。土方でさえあれだけコケにされている沖田に、トッシーがかなうはずなどなかった。
 しかし、困った。今日は山崎は土方に報告を済ませたら自由行動が取れるはずなのだが、肝腎の上司がトッシーではどうしようもない。小学生の作文だと言われる報告書でも承認してもらえないと面倒臭い。
 発狂寸前のあんパンと牛乳生活を成し遂げた山崎は、一刻も早く普通の食事をして休みたかった。目の下にはくっきりと隈が浮かび、明らかに己がやつれていることも知っていた。だから、山崎にはトッシーなんぞに構っている余裕は精神的にも肉体的にも全くなかった。
 なのにそんな空気を読めないトッシーが山崎の姿を見つけ、すがりつくような目をして駆け寄ってくる。身体能力は土方と変わらないから本気のダッシュはそれなりに速く、どこか鬼気迫る表情をしているものだから非常に怖い。常の山崎であったなら悲鳴を上げて逃げ出しただろう。
 だがそういう感情すらもすっかり鈍っていた山崎はどこかぼんやりと己の背に隠れようとする男を見やり、小さく溜息をついた。
「山崎氏ィ! 助けてほしいでござるッ!!」
「へェ? ザキィ、てめェコイツを庇おうってェのかィ」
 疲れきっている山崎と反対に沖田はどこか怒りにも似たものに瞳をぎらつかせ、その瞳孔をギンギンに開いている。あんな男に楯突こうなど、山崎は正気である限り絶対に思わないだろう。
「俺を巻き込まんでくれますか。沖田さんが何に苛ついて当たり散らそうと、トッシーが死のうと生きようと俺には関係ねーんです。あァ、でも土方さんに代わってくれるなら歓迎しますよ。話がありますから」
 睡眠不足に目を血走らせ、淡々とした、しかし確かな圧を孕んだ声で喋る山崎を沖田はその大きな瞳で暫し見つめ、すぐに山崎が自分以上に苛立っていることを察したらしい。大人に囲まれて育った沖田は存外に他人の感情に敏感だ。
 それに対し究極のところ妖刀でオタクでしかないトッシーは諦めきれず山崎に泣きすがる。しかし機嫌が悪くなくても決して優しい方ではない山崎に泣き落としが通じるはずもなかった。
「そんなに嫌なら自分でカタつければいいだろ。沖田隊長は意外と打たれ弱いからね、例えば──」
 山崎の言葉が終わるのを待たず、沖田の竹刀が山崎の顔に突き付けられる。彼の表情は強張り、きっと強い瞳で山崎を睨んでいた。
 ビビる元気を残していない山崎はふてぶてしく沖田を見返し、山崎の背後に隠れたトッシーが代わりに悲鳴をあげる。
「それ以上言うんじゃねェぜィ」
「はいよ…じゃァあっちで遊んでてくれますか。俺は忙しいんで」
 乱暴にトッシーの体を押しやる、とトッシーは捨てられた犬のような目をしたがしかしそれ以上は何も言わなかった。
 文句があるなら言える男になるしかないのだ、土方十四郎のように。
 山崎はトッシーの悲鳴が響くのを意に介さず、さっさと食堂に入った。


2019.5.20.永


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