GROWTH
土方(山土、R12)
 山崎が、どんどん生意気になってきている気がする。なんだかんだ言いながら土方の言うなりに従っていた監察方筆頭の、そのなんだかんだの部分が少しずつ。従順で扱いやすい山崎を侵食している気がするのだ。 
──だって、そうだ。以前なら、もしこんなところを見てしまっても、介入するとか、声をかけるなど。そんなことするはずもなかったのだ。なのに今、奴は副長室にいる。
 前日まで上手に味方の仮面を被り、土方スペシャルを共に食す度胸まで見せた男をこの手にかけた土方が一人閉じこもった土方の部屋に。明かりも点けず闇の帳の落ちた場所で胡座をかいた土方の部屋の入口にまで、山崎が踏み込んで来るなど。
「土方さん、アンタが悲しむようなことはないんですよ」
 軽い口調にほんの僅か、本気の色を隠して。山崎は許可も得ずに室内に入り、後ろ手に障子を閉めた。
 どうせそこまで来たなら、いっそもっと踏み込めばいいのに、戸口に片膝をつき土方に顔を向ける。逆光を受けた奴の目が窺えず、背を向けて表情を隠した。
「悲しむだと」
 声は震えていたかもしれない。それを抑えようと、努めて深い呼吸をゆっくりと繰り返した。
「俺ァ悲しかねーよ」
 山崎が何か言いかけたのを、振り向かず手を上げて制した。
「──だからよ、絶対にこっちを向くんじゃァねェ」
 一瞬、間を置いて山崎が腰を上げた。
 ややあって、背に背がぴたりと押し付けられた。
「──大丈夫ですよ、土方さん」
 背に感じる、一回り小さな体の温もりに、今度こそ涙が溢れそうになった。それを拭っては彼に悟られてしまう。
 少し顎を上げて耐える視界を、浮かぶ水滴が不規則に揺らす。
「おかしいだろ」
 山崎は、ただ静かに呼吸を重ねた。
「数多の命奪ってきてよ、今更こんなザマ──笑うしかねェ」
 山崎の手がそっと土方へ伸ばされ、探るように動く。
 彼のそれが後ろ手に土方の手を掴んだ。
 背が小さく震えた。
 熱い息が唇の狭間から漏れる。
 しんとした空間が、耳に痛い。
「──土方さん」
 山崎の柔らかな音が、すとん、と胸に落ち着いた。
「俺、アンタが好きですよ」
 なんのてらいもない言葉を、こんなときに聞くべきではない。心が弱くなってしまうのが、こんなにもありあり分かる。
 だが持ち上げようとした手が彼の手に 柔らかく包まれている、たったそれだけで耳を塞ぐことすらできなくなってしまう。
「アンタはそのまんまでいいんです。俺は、そんな土方さんを好いとるんですから」
 聞いてしまった音に、心臓が震えた。
 彼の手にとらわれた指に、力がこもる。意図せずして握った温もりに、包み込まれる。肩で息を重ねた。呼気が熱く唇を濡らす。山崎の背に、自らの体重をそっと押し付ける。
 山崎の鼓動が速まったのを感じいたたまれなくなった。
 土方は奥歯をぎりりと噛み締め、勢い良く振り向きざまに力一杯山崎を殴り飛ばした。


2018.5.7.永


あきゅろす。
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