GROWTH
高杉(R15、狂気、高土)
 少々思考のぶっ飛んだ男は、どこかおかしな空気を持っていた。そしてそれは、時を経るほどにエスカレートしていき、ブレーキのかかる気配はない。きっと、その身が滅びでもしない限りどこまでも突き進んでいくのだ。そんな男だからこそ、テロリストにだってなってしまえたのだろう。
「アイツが愛おしすぎてよ…」
 手酌で盃を傾けていた男が唐突に口を開いたとき、土方には彼の意図がまるで読めなかった。
 なにしろ、この男は。忌々しいことに土方の意識を奪った挙げ句座敷牢に手枷足枷首輪にリードまでつけて監禁したうえで、土方の意識が戻ってからたっぷり数時間、土方に届きそうで届かぬ距離を保ち沈黙を守ったまま、肴もなく酒をちびちび嗜み続けていたのだから。
 もはや土方には、高杉がさっぱりわからない。いや、理解してやろうと思ったことすらない。
「ガラにもなく、コイツは俺のだと喧伝してェ」
 土方には、アイツが誰であるかの想像すらつかない。そもそもそんな個人的な対話をする仲ではない。マトモに顔を見るのすら初めてかもしれないくらいだ。なのに何故、わざわざこんな状況を作り上げてまでそんな話をされているのか理解に苦しむ。そればかりではない。無理な方向に捻られた四肢も鈍く痛み、肉体的にも息苦しい。
 だが何も言わず土方は小さく胸を喘がせた。深く空気を吸うだけでも肺の辺りが苦しい。
「だが、そんなサマにならねーことができるはずもねェ」
 淡々とそう言ってのけた高杉は盃を脇に置き、徐に腰を上げた。ゆったりとした足取りで歩み寄ってくる些か小柄な彼に、何故か魅入られたように視線が外せない。伽羅の香りが鼻をついた。土方は奥歯を噛み締め、正面に立った彼を睨み上げる。
「──だからよ」
 凍るような空気を震わす声は深く甘く、全身からドッと冷や汗が流れた。
「せめてもの手向けだ。俺の香を纏って逝きな」
 鯉口の切られる音が空気を割く。彼の袖口から眩暈のするほどに濃い伽羅が漂い、いっそ吐き気がした。生存本能に、枷が金属質な音を奏でる。
 高杉の右瞳は優しげとすらいえる笑みを孕んでいるくせ、その光は狂気を保っていた。
 説得の通じる相手ではない。
 しかし土方とて、真選組の副長だ、こんなところで無為に殺されてやるわけにはいかない。
 土方はカラカラに乾いた唇を彼と同じ笑みの形に歪め、痛む喉を震わせた。
「はっ…それじゃ、俺にゃァ移り香も残りはしねェぜ」
 喉仏に触れた高杉の刃がぴたりと止まった。一瞬、素に返ったようなどこか幼い表情を見せて高杉は、すぐに狂的な空気を取り戻し土方のスカーフに手をかけた。
「なら、もっと深く香りをしみこませねーといけねェなァ」
 喉奥で笑う声にはどこか幼気な無邪気さがあり、倒錯的でくらくらした。そのせいか、束縛を解かぬまま土方の衣服を剥がしていく彼の骨ばった手が素肌に触れたそれだけで、要らぬ高揚が過ぎる。
 重なる唇は、死に神のように強かった。


2017.8.29.永


あきゅろす。
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