GROWTH
近藤と山崎(山近)
 今日も今日とて、罠だらけだとわかりきっている恒道館へ忍び込む近藤の姿を、たまたま通りがかって見かけてしまった山崎は、見なかったことにしようと決めた。──なのに。響く切羽詰まった悲鳴に、その決意は敢えなく揺らぐ。大きく溜息をついて、それから。渋々塀に乗り上げ中を覗き込んだ。
 と、真下に大穴が開き、そのまま落下しないよう限界まで両手足を突っ張った近藤がいる。穴底でぎらぎら光る数多の刃は、どうやら薙刀であるらしい。薙刀剣山を底に作った落とし穴。殺意しか感じられない。どうせ引っかかるのは近藤くらいだから、志村妙には支障ないのかもしれないけれど。
「ザキィイ! 助けに来てくれたのか!」
 その溜息が耳に届いてしまったか、振り返ることすらできぬはずの近藤に気付かれてしまった。しかも、こちらは一切声を立てていないのに人物特定までされてしまっている。これだからこの人は見限れない。山崎は肩を竦め、彼を拾うため懐の縄を探る。しかし。
「死の呪文みたいなお前が! ありがとうな、さ、早く…」
「すみません…間違えました」
 続く言葉に手が止まる。わざと音立て踵を返した。
「あァァァアアア! ごめんなさい、ごめんなさい! 助けてください山崎さまァァアアア!」
 たったそれだけで、面白いように緊迫感を増した声が追って来る。
「様は要りませんけど…」
 山崎は込み上げる笑いをかみ殺し、殊更にゆっくりと近藤の嵌まった穴の傍らに戻る。そうして、縁から中を覗き込んだ。
「ねェ局長。死の呪文解除にはそれなりの労力が必要なんですよねー」
 きっと自分は、すごく悪い顔をしていたに違いない、俯せから反転できない近藤はいっそ幸運だったかもしれないほどに。
「──助けたら、何をしてくれますか?」
 自分の体重を支えるのに懸命で、ぷるぷる震えていた近藤がぴたりと止まる。泣き出しそうな声が上がった。
「ちょ、すっごく楽しそうだねッ、お前!」
 あぁ。この人は、なんて可愛らしい。山崎は笑みを絶やさぬまま、口を噤んで今は小さく見える逞しい背を見下ろした。
 笑いが止まらない。
 沖田や土方にばかり頼る近藤が、山崎にこんな有り様を見せるなどそうはない。だが、そんな浮かれた気分は長く続きはしなかった。
「…ち、ちゅー」
「へっ?」
 あまりに予想外過ぎる言葉に、大きく目を見開く。すぐには意図を察せず、固まってしまった。
「ザキの、好きなところにちゅーしてやるから…助けて」
「ちゅーって…アンタ…」
 きっと、どんな無茶を要求されても、近藤がこんな言葉で乗り切ろうとするのは山崎相手のときだけなのだろう、いやむしろそうでないと許せない。心臓の音が耳元で響く。血の色に染まっている顔を見られないよう俯いて、錘のついた縄が近藤に絡まるよう狙って投げ降ろした。
 ──引き上げるのが、楽しみ過ぎて怖い。


2015.11.2.永


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