GROWTH
山崎(山土、R15)
 山崎と、ひょんなことから一線を越えてしまってから土方は変わった。それは、傍目にはほんの些細な日常の消失でしかなく、おそらく第三者では気付きもしないのだろう。
 だが山崎にはわかる。
 この鬼の副長の、内に保った人の心が、優しいひとのこころが、山崎と距離を置こうとしているのだ。要するに彼は、山崎とこうなってしまったことを後悔しつつあるのだと。
 それを理解したからこそ山崎は、業務連絡を伝える以外手をあげることもなくなった土方と二人、副長室で向かい合う。
 山崎の本気を察したか、淡々とした仕事の説明が不意に途切れた。
「…なんだ、そのツラは。もういいから行け」
 いいと言ったって話は途中だった。あれ以来、仕事上ですら信頼されていないと感じた山崎は眉根を寄せる。
「副長──あんまり俺をナメんでくださいよ」
「──どういう意味だ。俺は…」
 重ねられようとした言葉を、片手をあげて遮る。すると土方は口を噤み、シッシッと犬を払うように手を振った。それを無視して姿勢を正し、山崎は大きく息を吐く。
「この程度で、俺がアンタから離れるとでも思っとったんですか」
 ぴく、と土方の眉が顰められる。
 怒るかもしれない。今までのように、どこかで許容を孕む仲間内でない怒りが向けられるかもしれない。
 でも、構わないと思った。仲間としての枠を踏み外した山崎をどう扱っていいかわからず、埒外に追いやったのは紛れもない土方であるのだから、今更失うものなどなにもない。
 そして、それ以上に。山崎は怒っていた。
「そんなちゃちい忠義でアンタに命捧げるような安い男だと思っとったんですか。──いい加減、怒りますよ」
 土方は何も言わない。自分が土方を見限るより先に彼に見限られてしまったなら、死ぬ覚悟くらいは既にあった、もし自分が土方を見限るときは差し違えてでもと腹を極めたと同様に。
 だが、こんなものは違う。彼はきっと──怯えている。
 ややあって、一歩も退かぬ山崎に痺れを切らしたか、土方はふいと視線を逸らした。
「わかっているだろうが──こんなモンは、何の得にもなりゃしねーんだ」
「損得勘定で動くような人間なら、真選組にゃ入りませんよ」
 土方の瞳が刹那山崎を捉える。そうして、また逸れようとした視線を顎に触れ引き止めた。
 少し驚いた表情に気を良くして、唇に唇を押し付ける。大きく見開かれた瞳が泳いだ。
「──怖ェですか」
「は…誰が、山崎なんかを」
「アンタは変わらねーですよ。俺と何があったって。そんなモンで揺らぐような魂じゃねーでしょ」
 薄く開いた唇が、何も言わないままに閉ざされた。濡れて光るのは山崎の痕跡だろうか。
「変わらねーんだから、怖がって変えようとせんでいいんですよ」
 洞窟みたいに虚ろな瞳孔が呆然と山崎を捉える。あの中へ割り込むのはいとも容易いことだと錯覚させるような、鬼の副長。
 彼はやはり変わってしまった。その変化が山崎の興を削がぬ限りは離れてなどやらない。


2015.6.8.永


あきゅろす。
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