GROWTH
沖田と銀時(沖土、R12、ダーク)
「旦那ァ、今までもらったモンで一番嬉しくなかったモンはなんですかィ?」
「何それ、なにかくれんの? なら俺、糖分がいいな、パフェ奢ってくれるだけでいいからさぁ」
「いや、今回は土方の話なんでさぁ」
「え? あぁ…そーいうことね…多串君なら、マヨあげとけば喜ぶんじゃない?」
「喜ばせてどうすんでさ、俺ァ、ぎゃっと驚かせて、びびらせて、ぶちギレさせたいんでさぁ」
「そりゃ──絶対に要らないものをあげたら? ほら、赤ちゃんとかさぁ」
「んなモン、俺に産める訳がねぇでしょうが…」


 先日、土方に酒を一本貰った。
 こりゃあなんのマネだィ、と問うと、日頃の労いだとほざく。
 非番の昼下がりに一人で傾けたその果実酒は、まったりとしてしつこくない馥郁たる香りが云々なんて、宣伝文句のような言葉がぴったりだった。ふと見上げたカレンダーは、それを寄越された日が自分の誕生日だったと告げている。
 少し酔いのまわった頭で暫し考え──街へ出た。
 商店街をうろつき、デパートを覗き、行き会った銀時に団子を奢りつつ話を聞いて。
 なにも収穫はない。
 どうしたものかと見下ろした橋の下には、赤ん坊が落ちていた。


「──なんだ、コレは」
 薄汚れた襤褸切れのような着物を纏い悪臭を放つ、痩せ細ったミイラ寸前の塊を差し出すと、土方はむっつり眉を寄せた。
 すっかり酔いが吹っ飛び、よもや死んでいるのかと覗いた赤ん坊は、辛うじて息をしていた。
 沖田はまず薬局で粉ミルクと哺乳瓶を買い、泣く力も残っていないらしいその子供に、ミルク缶に刷られた説明書きと睨めっこしながら与えてみた。
 しかし腹が減っていないはずがない赤子は乳を吸う力もほぼ残っておらず、せっかく買った哺乳瓶は何の役にもたたなかった。それでも、匙で少しずつ流しこんで心なしか顔色が良くなったような気がしないこともない。
 …が、如何せん汚れ過ぎていてよくわからない。
「落ちてやした」
「妙なモン拾ってくんじゃねぇっ!」
「市民の平和を守るケーサツが迷子を保護して何がいけねェってんでィ」
 沖田がそう言うと土方は一旦口を噤み、大きな溜息をついた。
「こりゃあ迷子じゃねぇだろ…」
 諦めの混ざった音で呟きながらも土方は、差し出されたままのあまりに軽い赤ん坊を抱き取った。
 土方の眉間の皺が深くなる。
「──こりゃあ…俺のところじゃなくて病院に連れてった方がいいんじゃねぇか」
「でも生きてやすぜ」
 ぷるぷると震える小さな手がボロ布の中から伸ばされ、土方の頬に触れる。
「…ぁ…」
 微かな音が赤ん坊の喉から零れ、土方の頬に何ともしれない黒い色がつく。
 秀麗な眉が痛まし気に歪んだ。
 淡く笑む赤ん坊の手をそっと握り、土方がその唇を噛む。
 ──よかった…
 そう、思った。


 病院に数週間入院した赤子は、その後孤児院に引き取られた。
 必要な手配だけはさっさと処理した土方は、とうとう初対面の一度を除き子供に会おうとはしなかった。沖田だけが一人、ふらりと覗きに行く。
 はじめは生きているのが不思議な程だったその子は、自ら寝返りを打つまでになった。
 沖田の顔を見ると、ころころと肉のついた手足を嬉しげにばたつかせ、にこにこ笑う。
 ──初めてこの子供を見たとき、正直、なんの冗談だ、と思った。
 銀時が、自分の隠し子騒ぎからなにげなく言ってみただけであろう実現するはずのない贈り物が、死にかけて転がっている。
 つい拾いあげてしまった命は土方に贈られ、当人に返された。
 攘夷戦争に伴い、たった一人になった子供はたくさんいた。死んでいった子も、もちろん。
 そのとき救えなかった膨大な命と、たまたま巡り合った命。このタイミングで捉えた、たったひとつを繋ぎとめた。
 この子に会いに来るのは、これで最後にしよう──そう心の中で呟いて、柔らかな頬を指先で撫でた。


2012.2.7.永


あきゅろす。
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