GROWTH
山崎(山土、R15)
 土方の犬は、可愛い顔してなかなかに食えない。それは飼い主たる土方にも分かっているが、それを意識している素振りは決して見せなかった。山崎退を信用している故というよりはむしろ、手のものに気を使うような小さな男であると判断されると一層面倒だからだ。もちろん、腕力や剣技で負けるつもりは毛頭ない。しかし相手は忍術の心得をもつ監察だ。腕を信じている分だけ、敵に回したくはなかった。だが。


 俺ァ副長の狗です。
 狗は、飼い主に従いますよ、アンタを認めている限りね。
 でも。俺の目が間違っていたと感じたら。判断ミスの責はアンタを討つことで贖わせてもらいますから。
 俺の期待、裏切らんでくださいね、副長──


 先日、その黒い腹を垣間見せる程度には、土方の何かが彼を失望させたらしい。いや…失望とはまた違うのかもしれない。お人好しの仮面を自ら剥ぐ程度に彼は、土方を試してみたくなったのだ。
 そのときこそ、寝言は寝て言えと殴り飛ばしたけれど。あとになって動揺している。
 優しげに垂れた瞳にきりりと強い光を灯し、唇に笑みを掃いた。
 あんな山崎は、知らない。いや、知らなかった。そして…もっと知りたいと、思ってしまった。


 ──だからといって、衝動に飲まれおこす行動としてこれは最悪の部類だ、と土方は出会い茶屋の年季の入った天井を見上げる。
 木目が人の顔に見えてきて、なにやらバカにされている気がした。
 知らず高鳴る鼓動に下唇を噛み締め、紅い敷き布に仁王立ちして自分の帯に手をかける。床の脇に立て膝ついて控えた山崎の視線を痛いほどに感じ、開き気味の瞳孔に水の膜が張った。
 静か過ぎる空間で、互いの息遣いのみが響くようで、眩暈すら覚える。睫を伏せ、そっと解いた帯を足元に落とした。
 刀は褥の脇に寝かせ、自然とはだける前身頃を無造作に掴み山崎を睨む。
 狗を自称するだけはあり、その瞳は期待に輝きお預け解除を心待ちにする犬のようだ。だが、今は愛玩犬と大差ないこの男の眼が、ときに不穏な色を孕むことを土方は知っている。
「──来い」
 低く唸ると待ちかねたように飛び付かれた。
 手が外れ、胸も腹も無防備にさらけ出して土方は山崎を抱き留める。
 ──殺されてやるつもりは、毛頭ない。まだまだ現役をしりぞくつもりもない。しかし、もしこの立場を譲る必要に迫られ、その決断を下すそのときは。この男を跡目に選ぶのだろうと思った。だがそうすると、近藤が今の土方の立場になってしまう。それは少し面白くない。
 土方は眉根を寄せ山崎の髪に指を絡ませる。身を開く、その最中も気を抜けない食えない狗。
 ──もう少し、だけ。この男には自分だけを見ていてほしい。叶うなら、それが永遠でも構わない、なんてこと。バレてしまったら山崎は本当に、土方を殺しにかかるのだろう。


2014.1.24.永


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