GROWTH
土方(桂土)
 指名手配犯といっても色々ある。その中でも殊に警戒を要するとされている者達がいる。そんなに有名な輩だ、土方達江戸にへばりついた連中には気配を感じることすらまずないほど雲の上の奴らなのかと思いきや、一概にそうとも言えない。ちらほらと会うのだ。ただ、捕まえられないだけで。
 立場上その思想を容れてやれぬが、納得できないわけでもない主義主張、手緩い対処ではないかと言われたら唾を飛ばし反駁するが、一向に捕まえられぬ男達。
 そんな指名手配犯、最も会うのは何を隠そう桂小太郎である。
 今日も今日とて目立つことこの上ない黒髪を翻し走り去る彼をたっぷり追いかけ、見失った。全身砂埃やらなにやらでドロドロだ。悪態をついても彼が戻ってくるはずもなく、息を切らしたままにパトカーへ戻る。今日のペアの原田はどこまで追ったか帰ってくる気配はない。
 土方は苛々と煙草に火をつけた。
 いつもいつも目の前をちょろちょろうろつきやがって、目障りったらねェ。しかも逃げ足だけは速いときやがる。
 狂乱だかなんだか知らねェが、仮にも貴公子なんて渾名背負ってんだ、もうちっと悠然とできねェのか。そうしたら、すぐにでもとっつかまえてやるのに。
 さっさと俺に落ちて来い。
 そこまで思って、はっとした。
 落ちて来いってなんだ。仮にも俺は警察で、アイツは指名手配犯だ…そう、指名手配犯なのだ。根本的に相容れぬはずの自分達にそんな言葉は似合わない。
 土方は大きく舌打ちし、窓の外へ吸い殻を落とした。と。
「いーけないんだ、お巡りさんのくせに、いーけないんだ!」
 いたいけな幼子を装ってはいるらしいが、どうしようもなく決定的に陳ねた声と共に視界が暗くなる。顔を上げると、フロントガラスに逆さまに桂の顔が張り付き、その長い黒髪のせいでもう彼しか見えない。
「っな…」
「お巡りさんならば法を守らねばいかぬだろう? ポイ捨ては条例違反だぞ!」
「…桂、てめェ何してやがる」
「桂ではない、カレーニンジャーだ! わははははは!」
 タイミングがタイミングだけに暫し唖然としてしまった土方は、我に返るとすぐに思い切りアクセルを踏み込んだ。大きく傾いだ桂の体が音立ててボンネットに落ち、車体が跳ねる。ますます視界一杯桂になってしまって、土方は闇雲にハンドルをきった。
 頬に血が集まるのがわかる。右に左に揺られながら何事か叫んでいる桂の声も聞き取れない。
 そんな土方の爆走は、電柱への衝突でもって呆気なく終わった。ボンネットが拉げると同時に桂の胸元で何かが爆発し、その爆風に乗って彼はいずこかへ飛んで行ってしまった。全くもって器用過ぎるヤツだが、土方はそれどころではなく事故に反応して膨らんだエアバックに顔をうずめ肩で息をする。ひんやりと柔らかな感触が動揺までも吸収してくれるようで、暫し浅い呼吸を重ねた。
 ややあって原田が帰って来た頃には風船は元のようにしまい、ボンネットも無理やり叩いて蹴って取り繕い自らも平静を装っていたが、諸々のことに何かを察してしまわれた気はする。何せ車は、どう見てもやっぱり歪んでいる。
 だが鬼気迫る土方に何も言わずにいてくれた原田に感謝しつつ、桂には二度と会いたくないと思った。指名手配犯らしく静かに隠れていてくれと心底願った。
 なのに、屯所に帰る途上でキャバクラのティッシュなんか配っている狂乱の貴公子を誰かどうにかしてくれないだろうか。


2014.12.16.永


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