GROWTH
桂と近藤(3z)
 近藤は日曜の夜明け前から浮き足立っていた。今日は憧れの志村妙の属する薙刀部が試合を行うのだ、彼女の勇姿をぜひとも拝見しようと昨夜はほとんど眠れず、バイト代を貯めて買った一眼レフを磨いていた。そうして太陽の昇る頃意気揚々と家を出た。
「いってきまーす!」
 運がよければ彼女と並んで登校できるかもしれない。今日は頑張ってくださいね、なんて言ったりして、そしたらお妙さんもハイって頬染めたりしちゃうんだ!
 頭の中桃色一色であった近藤は、何故か自宅の前に蹲る塊に現実へ引き戻された。しかもその塊は近藤を見ると立ち上がり手を握ってくる。
「近藤、貴様暇か?」
 級友である桂だ。彼の奇行には慣れ、かつ思考の大半は志村妙のところへ飛んだ近藤は状況に違和感を覚えない。胸を張って元気良く答えた。
「今からお妙さんのところへ行くんだ!」
 そんな近藤に桂は大きく頷いた。
「そうか、では暇だな」
「お前、俺の話聞いてる?」
「暇なら手を貸してほしいのだ」
「聞いてないよね? 全然全く俺の話聞いてないよね?」
 抵抗虚しく勢い付いてしまった桂は止まらない。身長も体重もこちらの方が勝っているのに、桂は近藤を引きずり顔を出した太陽に向かい全力疾走しながら高らかに叫ぶ。
「いや、貴様が暇で本当に良かった!」
「ちょっと、桂ァ!?」
 先導している桂はいいが、手を取られ行く先も分からず走らされる近藤は堪らない。幸いというべきか、運動神経的な意味では問題はないが、腕力で引けをとらぬ彼の手を振り払えない。お人好しのなせる業であろうか。


 そうやって強引に連れて来られた先は、なんのことはない本来の目的地である学校であった。しかし目指していた道場ではなく生徒会室だったが。
「今日は人が多く集まるそうなのでな、国を変えるための布教活動をしようと思うのだ」
「集まる? まさか、お妙さんを見に!?」
「だから近藤、貴様にはこの冊子の製本をしてもらいたい」
 全く話が通じずとも、近藤と桂は一応親友である。そして、一々言うことのデカい桂はこの学校の生徒会長である。彼がその任についてからというもの、掲示物にも配布物にもエリザベスマークが付けられいい加減げんなりしているが、それは今はどうでもいい。それよりも一冊1cmはあろうかという藁半紙のセットが絶え間なくコピー機から吐き出されている現状の方が目下重大だ。
「…俺はお妙さんを見に来たんだが」
 そう反論しながらもせっせと手を動かしてしまうのは何故だろう。
「貴様が素早く終わらせれば良いだけの話であろう。こら、だからといって乱暴にするでない、ズレておるではないか、やり直し!」
 近藤が自分の部活の後輩を扱くよりキツい桂に朝っぱらから労働へ駆り立てられ、いい汗をかかされ差し入れのジュースを美味しく飲む間も惜しく志村妙の対戦相手校の連中に嫌な顔をされながらパンフレットを配り歩いた。
 近藤はこの日、とうとう志村妙を垣間見ることすらできなかった。
 それでも、桂と近藤は親友だ。


2014.11.6.永


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