GROWTH
高杉と土方(高土、R12、微グロ、ダーク、監禁)
 江戸からどれくらい離れているのだろうか。
 かつては隠れキリシタンの集会所のひとつであったらしい、穴蔵のような教会で、粗末を通り越し原型を留めていない座布団を集めた寝床に横たわり、土方は小さく息をついた。
 江戸からの距離ばかりではない。日の光も射さぬここでは時間の経過すらも定かではない。時折、あの男が訪れるときにだけ灯される燭台に浮かび上がる罅の入ったマリア像はいっそ哀れだ。
 高杉は、土方が相方たる沖田に逃げられ一人江戸の街を夜間巡回していたときに現れた。数人引き連れた彼の仲間はいずれも手配書の回っているような錚々たる顔ぶれで、真選組随一の天才剣士とうたわれる沖田もいない状況、悔しいことに土方一人では歯が立たなかった。その際負った傷の手当てもおざなりに、気付けばこの古い教会にいた。出入り口はどこを探しても見つけられない。なのに、高杉はいつもどこからか入ってくる。
 最初こそ、副長としての矜持を保ち気を張り詰めていた。しかし陽光を浴びられぬ時間が長引くにつれ、着実に土方は蝕まれつつある。
 発狂しそうな闇の中、膿んだ傷の痛みに苛まれ、土方はとろとろと微睡んだ。

「土方──」
 どのくらいときが経ったのだろうか、降ってきた柔らかな声に土方は重い瞼をこじ開ける。
「…あ?」
燭台の蝋燭にゆらゆらと照らされた高杉が土方を見下ろしていた。
 全身が怠い。死が間近に迫っているのかもしれない。
「悪ィ、寝てた…」
 のろのろと身を起こし掠れた声を絞り出す。それを聞いているのかいないのか、ひやりとした高杉の手が土方の頬をつうと撫でた。
「痩せちまったな、お前さん」
 喜びも悲しみもない声音で呟き、高杉は静かに右瞳を細める。
 土方は数度深い息を重ね、彼の瞳を真っ向から捉えた。
「──腹ァ減ったのか」
 高杉の喉奥からクツクツと忍び笑いが漏れる。
「さて。そりゃァてめェの方じゃァねェのかい」
「食っていいんだぜ」
 噛み合うはずもないものを交わし、睨み合う。高杉は不穏な色を纏い瞳をぎらぎら輝かせていた。
「自己犠牲なんざァ美しくねェぜ」
 土方はここに至り漸く、意味を咀嚼しようと試みる。破壊に魅入られ狂人の様相を呈しているにも拘わらず、その育ちの良さ故か粋を残した彼の真意を探り──ややあって土方は、息を飲むほどに柔らかな彼の着物の袖を掴んだ。
 こんなところで時を重ねた自分は尋常でなく汚れていて、高杉の着物の土方が触れた箇所に何とも知れぬ色がつく。しかし彼が意に介する風はない。
「そうじゃねーよ、俺ァただ──」
 その先に続く言葉がなんであったのかは、己ですら定かでなかった。ただ、待てを解除された犬のように土方の頸動脈を正確に狙い突き立てられた牙に、それを考える必要すらなくなってしまった。
 視界が朱に染まる。


2014.7.3.永


あきゅろす。
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