GROWTH
近藤と土方(近←土、R15)
 我らが局長の悩みは、江戸を守る武装警察という職業からは考えられぬほどに暢気だ。有り体に言えば頭に花が咲いている。これは世間が平和な証だろうか。
「30過ぎて童貞なら、妖精になれるんだってさ…」
 書いても書いても終わらない始末書に向き合ったまま土方は、重々しい上司の言葉に生返事を返す。
「あァ、んなこと言うな」
 直後、背中から抱き付かれ、書類に記した文字が判読不能なほどに乱れた。それに落ち込む隙すら与えず耳元で叫ばれ鼓膜がビンビン震える。
「どうしよう、トシ! 俺、妖精路線まっしぐらに突っ走ってるんだが!!」
 そういえば明日は彼の30歳の誕生日だ。だからといって、翌朝の近藤は妖精に転生しているだろうなどと考えるほどに土方はメルヘンではなかったが。
 しかし近藤は土方よりずっと、そういった思考が得意だった。
「…近藤さんは妖精になっても大事にされるだろうよ」
「そんな大事にされ方嫌ァァァアア!」
 耳元で声を限りに泣き叫ばれ、鬱陶しくてたまらない。少々デカい子泣き爺が如き旧友を背負いながら土方は、書き損じた紙を丸める。
「じゃァ──」
 ふと、浮かんでしまった考えに、声がかすれた。
 わァわァ喚いていた近藤もはたと大人しくなり、土方の顔を覗き込む。
「トシ?」
 筆からぽたりと、せっかく新たに出した紙に墨が落ちる。
「俺が、オトナにしてやろうか」
 ひとたび溢れ出した言葉は呆気なく土方の喉を通過した。
 意味を理解しきれていないらしく硬直した近藤の手首を掴み、墨をたっぷり吸い込んだ筆を放り出す。机に転がったそれが黒く周囲を汚すのも構わず彼に向き直り、太く逞しい首に腕を絡ませた。
 まだ呆然としたままの近藤の唇と唇が触れ合わんばかりに近付く、と弾かれたように近藤は、土方の肩へ手をかけ押し留めた。
「ちょ、ダメだって、トシ」
 こんなこと、きっと予想だにしていなかったのだろう。声は上擦り、その力は彼の筋肉量に相反して弱い。
「俺ァ構わねーぜ。──一夜の夢だ」
「そういうのは、好きな人とするモンだろっ…?」
 悪気のまるでないのだろう言葉に、一瞬心臓を強く握られたように痛んだ。
 近藤が惚れているのは志村妙で、自分はただの仲間だ。常であればそれは充分過ぎるほどに誇らしい立場だけれど、今はそうは思えない。
 土方はぎくしゃくと身を引いた。
 転がった筆を拾って硯に寝かせ、飛び散った墨をティッシュで拭う。
「あの…トシ──ごめんな」
 近藤を振り返らず土方は、机上を片付けた。
「しかし近藤さん、このままじゃァアンタ、もうすぐ妖精になっちまうんだろう」
「あ…そう、なんだけど──」
「なら四の五の言ってねェで、色街で筆おろしてもらえよ。好いた者同士のは、明日からも人間でいられてから改めてにすりゃァいいじゃねーか」
 自分の言葉が必要以上に冷たく響いた。けれどもそれに救われたように飛び出した近藤の足音を背で聞き流し、土方は深々と息を吐いた。


2014.5.20.永


あきゅろす。
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