GROWTH
桂と高杉(桂高)
 夜の不寝番を部下と交代して桂は、夜明けまで僅かな睡眠を得ようと廃寺の本堂に入った。雑魚寝する兵達の間に割り込む気力もわかず入口脇で壁に背を預けて胡座をかく。せめて横になりたいという願いすらも現状では贅沢の一語で切り捨てざるを得ない。
 そんな状態でもとろとろと微睡んだとき。ひんやりと冷たいものが桂の頬に触れ意識が浮上した。直後、潜められた声が落ちてくる。
「──ヅラぁ」
 桂は乾いた眼球を数度瞬いて潤し、眼前に片膝をついた高杉を見据えた。破れた障子から差し込む月明かりを受け、彼は不機嫌に桂を睨み返す。
 桂は彼の態度など意に介さず、高杉の前髪に手を触れた。少しひやりとした柔らかさに知らず安堵の息が漏れる。
「ヅラじゃない、桂だ。どうした、こんな時間に。夢見でも悪かったか」
 自然声音も優しいものになり、高杉はそっとその睫を伏せて深く白い呼気を零した。甘える猫のようにするりと桂に擦りよる。
「いやァ──すげーいい夢だったぜ」
 そういう彼は言葉とは裏腹に切なく眉を顰めた。
「では何故そんなに悲しそうなのだ」
 だが、それを悟られるのは高杉にとって不本意であったらしい。むっと柳眉を逆立て唇を引き結ぶ。
「そりゃァてめェの目がイカレてっからだろォ」
 そうかもしれない、と不覚にも納得してしまった。なにしろ自分は近頃おかしいのだ、幼なじみの悪人面したこの男が可愛くてたまらないものに見えるのだから。
 疑問が氷解すると途端に眠気がこみ上げる。桂は胡座の上に高杉を横抱きに引き寄せ、そっと睫を伏せた。
「──まァ良い。今宵は同衾しようではないか」
 あらがわずに膝に乗った彼は、同衾ってなァ褥に入ったときに言うんだと呟きながらも少しく冷えた片手を桂の項に回し、肩口に頬を押し付け目を閉じた。
 ずっしりとした重みが心地いい。
 温もりが深い息を紡ぎ、その身の強張りがほぐれていく。
 愛しい、とはこういうことなのだろうと理屈でなく思った。
 桂は瞼を閉ざし彼の腰に両手を回し、高杉の髪に鼻先を寄せた。長い戦場生活の賜か、それは僅か血腥い。
「いったいどんな夢を見たのだ」
 低く呟く、と腕の中で彼がぴくりと身を震わせた。
 桂の表情を窺う気配がしたが、桂は深い息を静かに紡ぎながら高杉の腰をあやすように撫で、瞳を開かなかった。
 ややあって高杉の空いた手も項に触れ、両腕で縋り付くように温もりが擦りよってきた。耳朶に熱い息がぶつかる。蚊の鳴くような音が吹き込まれた。
「…──てめェがいなかった」
 その瞬間、桂は思わず小さく吹き出す。
 だから言いたくなかったんだと駄々っ子のように唸る彼を強く抱き締めた。


2014.3.11.永


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