GROWTH
桂と高杉(桂高、R15)
桂が松下村塾を出たとき疾うに辺りは暗く人影もなくなっていた。少々質問をするつもりであっただけなのに、予想以上に白熱した論議を交わしてしまったからだろう。足早に田舎道を歩く、と畦に蹲る影にぎくりと足を止めた。
反射的に腰が退けるが、幼くとも自分は侍なのだと言い聞かせ恐る恐る近付き──疾うに帰宅したはずの高杉だと認識し肩の力を抜いた。
「何をしている」
驚いた風もなく彼はゆっくりと頭を擡げ、桂ににやりと笑ってみせた。
「…綺麗だと思ってな」
その言葉に桂は身を乗り出し、高杉の肩越しにその手許を覗き、標本のように地へ並べられた虫の羽に息を飲んだ。
月光に煌めく薄い羽達は確かに綺麗だ。
高杉の視線がゆっくりと持ち上がり、その双眸に月を映し──にんまりと笑んだ。
桂は思わずそっと唾を飲み下す。
「儚いな…」
そう呟く幼い彼の方がずっと、その形容詞が似合っていた。動揺を誤魔化すように彼の傍らに片膝をつき、月と彼の間に身をもって割り込む。高杉の瞳に飲み込まれぬよう真っ直ぐ見据えた。
ゆっくりと腰を上げ伸びをする幼馴染みをそっと見上げた。
桂も腰を上げ、視線を合わせる。彼の肩に触れた。
にやり、と口角を吊り上げた彼の首が僅かに傾けられ、項に両腕を回された。呼気の触れる距離に近付いた紅い唇に意識を奪われまいと、桂は彼の肩を掴む手に力を込める。
「──高杉。貴様は、俺と友である気はないのか」
「何を今更──先に目覚めたなァてめェだろォ」
高杉の瞳に映る自分は、毎朝鏡で見る己とは違う生き物のようだった。
否定の言葉を紡げぬままに唇が重なる。そっと伏せられた高杉の睫がふるりと桂の頬を撫でた。
「──ん…」
押し付け合うだけの幼い接吻──未だ精通の兆を見せぬかつらのその奥で、何かが小さく呻いた。
本能のように恐怖が込み上げる。しかし、高杉の温度を振り払えない。
耳元で鼓動が大きく叫ぶ。
幾度かの経験の中にはなかったぬるりとした感触が桂の唇をなぞる。それが高杉の舌だと認識した刹那、何かが弾けた。
2013.11.21.永
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