GROWTH
沖田と近藤(沖近、R15)
「おはよう、総悟。どうした、その顔?」
「ちっと…カミソリ負けしやして」
「あァ、お前ももうそんな歳か…しかしだいぶ剃り残ってるぞ」
「切っちまったら、泡が染みるんでさァ」
「そりゃ、そうかもしれんが。俺達は身だしなみも大事だからな…ちょっと俺が仕上げしてやろうか」
「あー…じゃァ、お願いしやさァ。痛くしねェでくだせェよ」
「あァ、なるべくな」


 泡まみれにされた頬を、T字剃刀がやさしく撫でていく。じょりじょりと微かな音させ通過する刃は気遣いすら感じられるものの、塗り広げられた泡が沁みる。
 総悟は目を眇め、近藤の膝に後頭部をゆるくこすりつけた。
「ん? 痛いか?」
 痛い…が、それ以上に。膝枕されたぬくもりが心地いい。
 軽く頬に触れ、皮膚を伸ばすように押さえる節榑立った指も気持ちいい。叶うなら正面からしがみついて腹の辺りに顔を擦り付けたいくらいだ、が隊服姿の近藤と自身の顔面の状態からそれは自重する。
「近藤さん…」
 思うままに振る舞う自由を奪われ零れた音は、幼児のような甘えを含んでいた。
 廊下をやってきた山崎がぎくりと固まるのが目の端に見え、不機嫌に眉を寄せる。
「総悟? …ザキ? どうした?」
「あ、いえ、朝会の時間なんですが、失礼しましたァ!!」
 どたばた足音させて脱兎の如く逃げて行く後ろ姿を見送り、近藤はきょとんと首を傾げる。
 ぬるま湯を張った洗面器に剃刀を放り込み、水に濡らしたタオルで頬をごしごし拭われた。野良猫を拭いてやるような扱いに目を細め、ころりと寝返りを打って今度こそぎゅうと彼に抱き付く。
「まだ眠ィか?」
 ぐしゃぐしゃと髪をかき乱されるのがたまらなく心地いい。
 顔を覗き込んでくる彼の項に片手を回し、背筋を使って伸び上がる。近藤の唇を舌先でぺろりと舐め、がばっと身を起こした。
「なんだ、今日の総悟は甘えん坊だな」
 下唇をその親指で軽く撫で、あっけらかんと笑う近藤の髪に手を差し入れ整えられたセットを崩してやる。膝立ちになって向かい合い、座ったままの彼の額に唇を擦り付けた。
「──さァ、行きやしょうか」
 手を引くとふわりと落ち掛かる前髪に、小さく肩を震わせ笑った。
「っ…総悟のバカ!」
 先に立って背を向けると、困惑纏った声が追い掛けてきた。
 ──アンタのためなら、なんにだってなってやる。


 慌てて櫛を入れ直したらしい前髪はいつもより撓垂れていて、近藤は報告を真剣な表情で聞く間にも時折、目を眇め僅かにゆるゆる首を左右に振る。むずかる子供のようで可愛らしい、なんてこんな年齢の男に言う台詞ではないはずなのに。
 顔立ち体つきは男性的なのに、何故だか彼は一々可愛らしい。朝っぱらからろくなことを考えられなくなるほどに。
 たかが髪のことに集中力を途切れさせがちな大将を見かね、土方が早々に会を閉めた。
 沖田は小さく舌打ちする。
 これが終われば近藤は、妙の自主警備に行ってしまう。いっそ自分は近藤の自主警備でもかってでてやろうか。
 さっさと腰を上げた近藤を追う沖田を土方が睨んだ気がしたが、見なかったことにした。
 真っ先に自室へ向かい、先程出しっぱなしだった洗面器と剃刀を片付ける近藤の背後に寄る。
「手伝いやす」
「ん? もう終わりだぞ」
 にいっと笑った近藤の額へ散り掛かる前髪に手を伸ばした。
「総悟?」
 きょとん、と瞬く近藤の少し長めの前髪を引っ張り、逆らわず寄せられた額へ口づける。
 ふわりと鼻先を撫でた髪は、整髪料の匂いがした。


2013.7.16.永


あきゅろす。
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